- 齋藤俊輔はどんな選手?プレースタイルの特徴は?
- ポジションはどこ?身長や年齢は?
- どんな経歴でプロや日本代表になった?
齋藤俊輔は、ドリブルで相手をはがしてシュートまで持ち込む、右利きのウイングです。2005年4月26日生まれの21歳、身長173cmで、ベルギー1部のKVCウェステルローでプレーしています(2026年10月時点)。
2025年には水戸ホーリーホックでJ2のベストイレブンに選ばれ、2026年9月には日本代表に初めて呼ばれました。この記事では、プロフィール、プレースタイル、ポジション、身長、経歴、そして監督や周りの評価を、データと報道で整理します。
齋藤俊輔はどんな選手?プロフィール
齋藤俊輔は神奈川県出身のMFです。横浜F・マリノスの下部組織と桐光学園高校を経て、2024年に水戸ホーリーホックでプロになりました。2026年1月にベルギーのウェステルローへ移り、2年目の2026-27シーズンは背番号7で先発に定着しています。
ひと言でいえば「ドリブルが武器のアタッカー」です。サイドでボールを持つと、1対1を仕掛けて中に切り込み、自分でシュートを打ちます。スポーツ報知も、名前の由来になった中村俊輔とはプレースタイルが違い、ドリブルが持ち味だと伝えています。名前の由来や中村俊輔との関係は、齋藤俊輔と中村俊輔の関係を書いた記事で紹介しています。
プレースタイルはドリブル突破と右足のシュート
Jリーグ公式チャンネル「【自慢のドリブルで敵陣を切り裂く】齋藤俊輔|Jリーグでのプレー集(2024-2025)」(2026年9月公開)。水戸時代のドリブルとゴールをまとめた動画です。
齋藤の一番の特徴はドリブルです。データサイトのFootball LABが2025年のJ2のプレーから出した指標では、「ドリブルでのチャンス」が20点満点の18と、とび抜けて高い数字でした。ドリブルでチャンスを作った貢献度も、J2の選手の中で20位です。
ドリブルのあとのシュートも強みです。「決定力」は15、「ロングシュート」は12で、2025年はJ2でシュート45本から8点を決めました。2025年のJ2年間ベストゴールも、相手3人に囲まれながらドリブルで突破し、右足で決めたものです。J2とベルギーでのゴール数は、齋藤俊輔の成績をまとめた記事でくわしく書いています。
一方で、ヘディング・ビルドアップ・守備の数字は低めです。後ろから組み立てたり、守備で奪ったりするよりも、前で仕掛けることに力を使うタイプだと数字から読み取れます。
スピードについては、50m走や最高時速などの公式な計測値は公表されていません。日本代表デビューのあと、齋藤は同じくスピードとドリブルが武器の伊東純也について「真似るとこは真似て」と話しています(フットボールチャンネル 2026年9月29日)。
ポジションは左右のウイング、左から中へ切り込む
齋藤のポジションは、左右のサイドのアタッカー(ウイング・サイドハーフ)です。2025年のJ2で先発した21試合を見ると、左サイドハーフが10試合、右サイドハーフが6試合で、トップ下とセンターフォワードもそれぞれ2試合ありました。
右利きの齋藤が左サイドに入ると、縦に抜けるよりも中に切り込んで右足でシュートを打つ形になります。このように利き足と逆のサイドに置かれるウイングを「インバーテッドウイング」と呼びます。
Jリーグ公式チャンネル「【J1昇格へ前進】個人技で完結!齋藤俊輔がドリブルから強烈ゴラッソ!」(2025年10月公開)。2025年10月26日の北海道コンサドーレ札幌戦の決勝点です。
上の動画の札幌戦のゴールが、その典型です。左サイドでボールを受けて中へ切り込み、ペナルティエリアの外から右足で決めました。ベルギーでもデータサイトのFotMobは主なポジションを左ウイングとし、右ウイングや攻撃的MFもこなすと記録しています。
なお、登録のポジションは大会によって変わり、2025年11月のU-22日本代表ではFWとして選ばれています。
身長は173cm、代表のMFでは平均より少し低め
齋藤俊輔の身長と、日本代表MF経験者208人の身長の分布(オレンジがその選手の位置。身長はWikidataの記載値。出典: フットボール戦士「サッカー日本代表 選手データベース」)
齋藤の身長は173cmです(水戸ホーリーホックの2025年の発表)。データサイトや資料によっては174cmと書かれているものもあり、体重は68kgとされています(Football LAB)。
フットボール戦士の日本代表データベースで比べると、MFの日本代表経験者208人の平均は174.7cmで、齋藤は高いほうから125番目でした(Wikidataの記載をもとにした集計)。サイズで勝負するタイプではなく、低い重心のドリブルで相手をかわすタイプです。
年齢は2026年10月時点で21歳です。2028年のロサンゼルス五輪は2005年1月1日以降に生まれた選手が対象とされていて、2005年4月生まれの齋藤は年齢の上で五輪世代に入ります。
経歴:マリノス育成から桐光学園、水戸、ベルギーへ
齋藤は3歳上の兄の影響で、4歳ごろに横浜市のSCH.FCでサッカーを始めました。小学3年生で横浜F・マリノスプライマリーに入り、中学ではマリノスのジュニアユースでプレーしています。ただ、中学1、2年で大きなけがをし、3年生のときはコロナ禍で練習ができない時期が続き、ユースには上がれませんでした(いばナビ 2024年8月29日)。
高校は神奈川県の桐光学園に進み、3年生だった2023年のインターハイで準優勝し、大会の優秀選手に選ばれました(JFA)。卒業後は大学に進まず、2024年に水戸ホーリーホックに入っています。
プロ2年目の2025年にJ2で8点を挙げ、2026年1月にはベルギーへ。そこから8か月で日本代表に選ばれました。中学でユースに上がれなかった選手が、5年あまりで日本代表まで駆け上がったことになります。ベルギーへ移った理由や移籍金は、齋藤俊輔の移籍をまとめた記事でくわしく書いています。
評価は?監督は「代表が次の目標であるべき」
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ウェステルローのシャライ監督は2026年9月、齋藤について「代表チームが彼の次の目標であるべきだ」と話しました。加入したころは60分で力を使い切っていたのが、いまは1試合12kmを走れるようになり、チームの戦い方も完璧に理解していると評価しています(フットボールチャンネル 2026年9月7日)。
その言葉どおり、齋藤は2026年9月に日本代表に初めて選ばれ、9月28日のベネズエラ戦で先発デビューしました。水戸時代にはJ2のベストイレブンと年間最優秀ゴール賞に選ばれていて、日本でもベルギーでも「ドリブルで違いを作れる選手」として結果を残しています。
課題として本人が挙げたのは、試合を変える力です。デビュー戦のあとには「自分で試合を変える力をもっと身につけなきゃ」と話しました(フットボールチャンネル)。デビュー戦の中身や世代別代表での経歴は、齋藤俊輔の日本代表歴の記事でくわしく書いています。
よくある質問
A. 左右のウイング(サイドハーフ)です。2025年のJ2では左サイドハーフでの先発が最も多く、右利きなので左から中へ切り込んでシュートを打つ形が得意です。
A. 173cmです(水戸ホーリーホックの発表)。174cmとする資料もあります。
A. 2005年4月26日生まれで、2026年10月時点で21歳です。
A. ドリブル突破と、そこからの右足のシュートです。データでも「ドリブルでのチャンス」が20点満点の18と高く、ヘディングや守備は低めの、攻撃に特化したタイプです。
A. 高校は神奈川県の桐光学園、中学時代は横浜F・マリノスのジュニアユースでプレーしていました。
まとめ:齋藤俊輔はドリブルが武器の右利きウイング
- 2005年4月26日生まれ・神奈川県出身・身長173cm・右利き
- 武器はドリブル突破と右足のシュート。データでもドリブルが突出
- ポジションは左右のウイング。左から中へ切り込む形が得意
- マリノスのジュニアユース→桐光学園→水戸→ベルギー・ウェステルロー
- 2026年9月に日本代表に初招集。監督は「代表が次の目標」と評価
ユースに上がれなかった中学生から、J2のベストイレブン、そして日本代表へ。齋藤俊輔はドリブルという1つの武器を磨いて階段を上がってきた選手です。ベルギーで走れる体を手に入れたいま、その武器がどこまで通用するかに注目です。
※この記事の情報は2026年10月20日時点のものです。所属・背番号・身長はクラブの発表で変わることがあります。
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