- サッカーで「化ける子」には、どんな特徴があるの?
- うちの子は早生まれで体も小さいけれど、後から伸びる?
- 親はどう関わればいいの?
サッカーで「化ける子」を、子どものうちに確実に見分ける方法はありません。ただ研究からは、子どもの頃の評価が生まれ月や体の成長の早さに大きく左右されることが分かっています。そのため、今は体の差で評価が低いだけの子が、サッカーを続けるうちに追いつき、追い越すことがあります。
この記事では、研究と日本サッカー協会(JFA)の資料から、化ける子に共通しやすい条件を整理します。フットボール戦士が日本代表経験者651人のデータを集計し、「遅咲き」の代表選手がどれくらいいるかも調べました。最後に、親ができる関わり方をJFAの資料をもとに紹介します。
サッカーで化ける子の特徴は?研究で分かっている3つの条件
1つ目は、今の評価が「体の差」で下がっている子です。ヨーロッパ10か国の年代別代表を調べた研究では、U-15からU-18のどの代表でも、1月始まりの選考年の最初の3か月(1〜3月)に生まれた選手が多くいました(Helsenら、2005年)。同じ年齢区分の中で早く生まれた子は体が大きく、「才能がある」と見られやすいためと考えられています。つまり、学年の遅い子や体の成長がゆっくりな子は、力より低く見られている可能性があります。
2つ目は、サッカーを続けていることです。フランスでサッカーをやめた男子約36万人を調べた研究では、U-9からU-18まで、学年の遅い時期に生まれた子がやめた人の中に多く含まれていました(Delormeら、2010年)。差が大きかったのはU-13とU-15です。体の差が目立ちやすい年代で、学年の遅い子が多くやめているということです。
3つ目は、体格に頼らない力を試せる場があることです。プレミアリーグのクラブで11〜14歳の選手66人が、年齢ではなく体の成熟度でチームを分けた大会に出た研究があります(Cummingら、2018年)。話し合いに参加した選手のうち、成長がゆっくりな選手は、技術や体力、気持ちの面の力を使って見せる機会が増えたと感じていました。逆に成長の早い選手は、技術や戦術を工夫しないと通用しなかったと話しています。
子どもの頃の評価が変わる理由:日本代表の生まれ月に出る「体の差」
生まれ月の偏りは、日本代表にもはっきり出ています。フットボール戦士が生年月日の分かる代表経験者651人を集計すると、早生まれ(1月1日〜4月1日生まれ)は133人、20.4%でした。生まれ月に偏りが無ければ25.0%、163人になるはずです。学年の最初にあたる4〜6月生まれは189人で、1〜3月生まれの1.42倍いました。
同じ学年でも、4月2日生まれと翌年4月1日生まれでは、1年近く年齢が違います。小学生のうちは、この差が体の大きさや足の速さにそのまま出やすくなります。Jリーグの日本人選手を1993年から2018年まで調べた研究でも、どの年も学年の早い月の生まれが多い一方、偏りは年々小さくなっていると報告されています(Sasanoら、2020年)。
JFAも、この「成長の差」を意識しています。中学生年代の選手を集めるJFAエリートプログラムでは、9月以降に生まれた選手だけを対象にした「U-14フューチャーキャンプ」を開いてきました(2019年・2023年など)。2023年の発表では、中学生年代特有の成長速度の差を考え、晩熟型の選手に特化して選んだと説明しています。
データで見る:25歳以上で初めて代表入りした「遅咲き」は約4人に1人
大人になってから花開く選手も、日本代表には少なくありません。1970年以降に生まれ、初めて代表に入った年が分かる271人を調べました。25歳以上で初めて代表に入った人は73人、全体の26.9%です。約4人に1人は「遅咲き」の代表選手ということになります。
その1人が中村憲剛さんです。東京都立久留米高校から中央大学に進み、川崎フロンターレにはテスト生として練習に参加して入団しました。日本代表に初めて出たのは2006年10月、25歳のときです。
意外だったのは、早生まれとの関係です。25歳以上で代表に入った73人のうち、早生まれは7人(9.6%)だけでした。25歳未満で代表に入った198人では45人(22.7%)です。初めて代表に入った年の平均年齢も、早生まれは23.0歳、それ以外は23.8歳でした。早生まれで代表まで届いた選手は、むしろ若いうちに代表に入っている人が多いことになります。
イタリアの研究でも、似た結果が出ています。年代別代表2,030人を調べると、学年の遅い選手は代表に選ばれにくい一方、選ばれた後はA代表まで上がる割合が高いと報告されました(Morgantiら、2023年)。子どもの頃の選考という壁を越えた選手は、その後に遅れを取っていない、と読める結果です。ただしフットボール戦士の集計は人数が少なく、理由までは分かりません。
※代表に入った年の記載が無い81人(1970年以降生まれ)は除いています。除いた人の早生まれの割合(17.3%)は、集計した271人(19.2%)と大きく変わりません。
子どもの頃は目立たなかった代表選手の実例
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早生まれで、子どもの頃に目立たなかった代表選手の代表例が伊東純也選手です。3月9日生まれで、小学校から高校まで全国大会を一度も経験していません。地元の公立校の逗葉高校から神奈川大学に進み、大学1年の試合を見た甲府のスカウトが才能に気づきました(Number Web、2022年4月)。その試合を見に来ていたスカウトは、ほかにいなかったといいます。
伊東選手は2015年に甲府でプロになり、2017年に日本代表に入りました。2022年のカタールW杯でもメンバーに選ばれています。
小学6年でサッカーを始めた中澤佑二さん
元日本代表DFの中澤佑二さんも2月25日生まれの早生まれです。サッカーを始めたのは小学6年生の11歳で、高校では全国高校選手権に一度も出られず、埼玉県内でも無名だったと振り返っています(サッカーキング、2021年12月)。卒業後はブラジルに渡り、帰国後はヴェルディ川崎の練習生からプロ契約をつかみました。1999年にはJリーグの新人王に選ばれています。
16歳で「小さすぎる」と言われたヴァーディ
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海外では、イングランドのジェイミー・ヴァーディ選手が知られています。16歳のとき、地元のシェフィールド・ウェンズデイの下部組織から、体が小さすぎるという理由で放出されました(Yorkshire Live、2023年7月)。その後はプロではない下部リーグ(ノンリーグ)のストックスブリッジ・パーク・スティールズなどでプレーを続け、2012年にレスターへ移ります。2015-16シーズンにはレスターのプレミアリーグ優勝に貢献し、2019-20シーズンには史上最年長でプレミアリーグ得点王になりました。
化ける子に親ができること:JFAの資料から
化ける子にするために親ができるいちばんのことは、子どもがサッカーを続けたくなる環境を守ることです。先ほどの研究のとおり、学年の遅い子は途中でやめやすく、やめてしまえば後から伸びる機会もなくなります。JFAは保護者向けのページで、子どもがミスをしても責めず、自分で考えたプレーを認めるよう呼びかけています。
挑戦を認める言葉が選手を変えた例もあります。中澤佑二さんは横浜F・マリノス時代、岡田武史監督に練習のミスを「ナイスチャレンジだ」とほめられ、失敗を恐れずに前を向けるようになったと話しています(サッカーキング、2021年12月)。
ここからはフットボール戦士の考えです。比べる相手は、チームで目立つ子ではなく「1年前のその子」にするのがおすすめです。成長の時期は子どもによって違うため、今の順位だけで将来を決めつける必要はありません。身長の伸び方や体の痛みが気になるときは、自己判断せずに医療機関に相談してください。
よくある質問
A. 確実な見分け方はありません。研究から言えるのは、今は生まれ月や体の成長の差で評価が低いだけの子、サッカーを続けている子、技術や判断を試せる場がある子は、後から追いつく余地があるということです。
A. 子どもの頃の選考では不利になりやすいです。日本代表経験者651人でも早生まれは20.4%で、偏りが無い場合の25.0%より少なめでした。ただし伊東純也選手や中澤佑二さんのように、早生まれで代表になった選手もたくさんいます。
A. 決まった年齢はありません。フットボール戦士の集計では、1970年以降生まれの代表経験者271人のうち73人(26.9%)が、25歳以上で初めて代表に入っていました。
A. 体の成長の時期は人によって違うため、今の体の大きさだけで将来は決まりません。JFAも、成長がゆっくりな中学生を対象にしたキャンプを開いています。ただし、身長がどれだけ伸びるかは誰にも予想できません。
A. JFAは、うまくいかなかったプレーを責めないよう保護者に呼びかけています。試合の結果より、自分で考えて挑戦したことを認めるのが基本です。
まとめ:化ける子の特徴は「体の差で低く見られ、それでも続けている子」
- 子どもの頃の評価は、生まれ月や体の成長の早さに左右されやすい
- 日本代表経験者651人でも、早生まれは20.4%と少なめ
- 学年の遅い子ほど途中でやめやすく、続けることが一番の条件になる
- 1970年以降生まれの代表経験者の約4人に1人は、25歳以上で初めて代表入り
- 親は結果より挑戦を認め、ミスを責めないことが大切(JFA)
子どもの頃に目立たなかったことは、将来を決める理由になりません。伊東純也選手や中澤佑二さんのように、遠回りしてから代表になった選手もいます。お子さんが今は試合に出られなくても、サッカーを好きなまま続けられるように見守ることが、「化ける」ための一番の近道です。
※この記事の情報は2026年9月28日時点のものです。出典:Helsenら(Journal of Sports Sciences、2005年)、Delormeら(同、2010年)、Cummingら(同、2018年)、Sasanoら(Sports Medicine – Open、2020年)、Morgantiら(Science and Medicine in Football、2023年)、JFA「保護者の役割」・JFAエリートプログラムU-14フューチャーキャンプの発表(2019年11月・2023年7月)、Number Web(2022年4月20日)、サッカーキング(2021年12月22日)、Yorkshire Live(2023年7月12日)、Wikipedia英語版(Kengo Nakamura・Jamie Vardy)。日本代表経験者のデータはフットボール戦士の「サッカー日本代表 選手データベース」(Wikidata CC0)を集計したものです。
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