サッカーのユニフォームに刻まれた背番号には、選手識別の役割だけでなく、ポジションや戦術的な役割、歴史的背景まで様々な意味が込められています。
本記事では、1番~11番の伝統的な背番号の意味だけでなく、12番以降の特別な番号についても、有名選手の例やエピソードを交えながら解説します。
また、背番号の歴史的変遷や各国リーグ・代表チームでの特徴、現代サッカーにおける背番号の変化についても触れ、背番号の意味をより深く楽しめる内容をお届けします。
背番号が初めて導入された当初、番号は「選手個人」ではなく「ポジション」に割り当てられるものでした。
例えば1930年代には、両チームが1番から11番までの番号を先発選手に着用させることがルール化され、番号は当時主流だった2-3-5というフォーメーション(ピラミッド型陣形)に沿って割り振られていました。具体的には以下の通りです。

- 1番:ゴールキーパー(最後尾の守護神)
- 2番:右サイドのフルバック(右ディフェンダー)
- 3番:左サイドのフルバック(左ディフェンダー)
- 4番:右ハーフバック(中盤右の守備的ポジション)
- 5番:センターハーフ(中盤中央、守備の要)
- 6番:左ハーフバック(中盤左の守備的ポジション)
- 7番:右ウイング(右攻撃翼)
- 8番:インサイドライト(右寄りの攻撃的MF)
- 9番:センターフォワード(中央のストライカー)
- 10番:インサイドレフト(左寄りの攻撃的MF)
- 11番:左ウイング(左攻撃翼)
このように、ゴールキーパーが1番、守備陣は数字が小さい方から右→左に、攻撃陣は右ウイングの7番から左ウイングの11番へと番号が割り振られていました。
この「1~11番=各ポジション」という背番号の付け方がサッカー界のスタンダードとなり、各国に広まったのです。
しかし、その後サッカーの戦術は国ごと・チームごとに多様化し、背番号とポジションの対応関係も変化していきました。
例えばブラジルでは4-2-4や4-4-2への移行に伴い、「4番と6番がディフェンスに下がり、5番と8番が中盤を構成、7番と11番が攻撃的MF」という独自の番号配置が生まれています。
一方イングランドでは、背番号4や6をセンターバックがつける伝統があり、イタリアでは5番や6番がリベロ(守備の要)を指すなど、国によって微妙に意味合いが異なります。

かつては大会や試合ごとに先発選手に1~11番、控えに12~16番といった変動背番号制が一般的でした。
日本でもJリーグ開幕当初(1993~1996年)は試合ごとに背番号が割り当てられ、先発が1~11番、控えが12~16番をつけていました。
しかし1990年代に入ると欧州を中心に年間固定の背番号制が広まり、プレミアリーグでは1993-94シーズンから固定背番号制が導入されています。
以降、ドイツ・ブンデスリーガ(94-95)、イタリア・セリエAとスペイン・リーガ(95-96)、フランス・リーグアン(96-97)と主要リーグで次々に固定制へ移行しました。
Jリーグも1997年から固定背番号制に切り替わり、以後選手は毎シーズン決まった番号を背負うようになっています。
固定背番号制の定着により、現在では世界中ほとんどのプロリーグで選手は自由に好きな番号を選べるようになり、1桁以外の大きな番号をあえて選ぶケースも珍しくなくなりました。
その結果、ファンにとっては選手を識別しやすくなる一方で、「背番号=ポジション」の結びつきは薄れつつあります。
現代では背番号はチーム内での序列や象徴、さらにはマーケティングやブランディングの要素も帯びるようになりました。
有名な例がマンチェスター・ユナイテッドの「7番」で、プレミアリーグが固定番号制を導入して以降、カントナ・ベッカム・Cロナウドらが受け継いだことで「伝統のエースナンバー」となり、クラブの象徴にまで昇華しています。
それでは次章から、各背番号ごとの意味を具体的に見ていきましょう。
「1番」はどの国でも基本的にゴールキーパー(GK)を指す番号です。ピッチ上で唯一手を使える最後尾の守護神に与えられる番号であり、多くのチームで正GKがこの番号を着用します。
Jリーグの規定でも「1番は正GK」と定められており、他のポジションが1番をつけることはありません。
歴代の名選手では、ソ連の黒蜘蛛レフ・ヤシン(1963年バロンドール受賞)や、イタリア代表で長年活躍したジャンルイジ・ブッフォンなどが1番を背負いました。1番は文字通りチームの最後の砦であり、「1番=GK」という図式は現代でも不変です。
「2番」は主にディフェンダー(DG)に割り当てられる番号です。伝統的には右サイドバック(右DF)が2番をつけるケースが多く、先述の通りピラミッド型フォーメーションでも右のフルバックが2番でした。
有名な2番の選手としては、ブラジル代表で5大会連続W杯出場を果たしたカフー(右サイドバック)や、マンチェスター・ユナイテッドの主力右SBだったギャリー・ネビルなどが挙げられます。
近年ではセンターバックが2番をつける例もありますが、基本的なイメージは「右サイドの守備的選手」です。なお、イングランドでは古くから右SB=2番、左SB=3番が定着しており、この傾向は世界的にも広がっています。
「3番」もディフェンダーの番号で、伝統的には左サイドバックが着用します。2番と対になる形で左のフルバックが3番と割り振られていたためです。
ACミランで25年にわたり守備陣を率いたレジェンド、パオロ・マルディーニは3番を背負い続け、引退後ミランは彼の功績を称えて3番を永久欠番にしました(※息子が入団した場合のみ再び使用可)。
他にもレアル・マドリードやブラジル代表で活躍したロベルト・カルロスも常に3番を着用。3番はサイドの守備職人や時にセンターバックの主力に与えられることもあり、「守備の要」を象徴する番号の一つです。
「4番」は守備的ミッドフィルダー(DMF)またはセンターバック(CB)を示すことが多い番号です。古典的な配置では右ハーフバックが4番でしたが、現代ではチームによって意味合いが分かれます。
例えばイングランドではセンターバックが4番をつける例(元イングランド主将のジョン・テリーはチェルシーで26番、代表で6番でしたが、同僚のリオ・ファーディナンドがマンUで5番、代表で5番と4番を着用)もあります。
一方、南米では「4番=ディフェンスのリーダー」のイメージが強く、アルゼンチン代表などではセンターバックが4番を着ける伝統があります。
歴史的名選手では、元フランス代表主将のパトリック・ヴィエラ(アーセナルで4番、守備的MF)や、レアル・マドリードで長年背番号4を背負ったセルヒオ・ラモス(センターバック)など、守備の中心選手が多くつけている番号です。
「5番」も守備的なポジションの選手に与えられることが多く、センターバックやボランチ(守備的MF)の番号として知られます。もともとセンターハーフ(中盤中央)が5番でしたが、時代とともに最終ラインの選手にも用いられるようになりました。
伝説的なリベロであるフランツ・ベッケンバウアーは西ドイツ代表で5番をつけ(※1974年W杯では5番で優勝)、「5番=守備の司令塔」のイメージを確立しました。
またイタリアでも5番は主将格のCBが着用する例が多く、2006年W杯優勝時のイタリア代表では主将ファビオ・カンナヴァーロが5番をつけています。
南米では「5番」は守備的MF(ボランチ)の代名詞であり、ブラジルやアルゼンチンでは中盤の潰し屋が5番を背負うことが一般的です。
このように5番は守備の柱としてチームを支える選手が担う伝統ある番号です。
「6番」はセンターバックまたはセンターハーフ/ボランチに与えられる番号で、5番と並び守備的ポジションを示す伝統があります。元々は左ハーフバックが6番でしたが、現代ではチームにより役割が異なります。
例えば、イングランドで6番と言えば1966年W杯優勝時の主将ボビー・ムーア(センターバック)が有名で、以降もCBがつけることが多い番号です。
一方、スペインやドイツでは守備的MFが6番を着用する例も見られ、FCバルセロナのレジェンドであるシャビ・エルナンデスは中盤司令塔として6番を背負いました。
イタリア・ミランではフランコ・バレージが6番を長年着用し、引退後に3番同様永久欠番となっています。それほど守備の象徴とされる番号であり、5番と双璧をなす守備的リーダーの印象を持つ番号です。
「7番」は攻撃的なウイング(サイドアタッカー)やセカンドストライカーが着けることが多い番号です。古典的には右ウイングが7番でした。
スピードと突破力で右サイドを駆け上がる選手に与えられる傾向が強く、世界的に見てもウイングや攻撃的MFの名手が多く背負ってきました。
例えば、ブラジルのガリンシャは右ウイングの名手として7番をつけ、イングランドの名ウイングであるケビン・キーガンもリバプールで7番を背負いました。
特にマンチェスター・ユナイテッドの「7番」は有名で、1960年代にジョージ・ベストが7番で活躍して以降、ブライアン・ロブソン、エリック・カントナ、デヴィッド・ベッカム、クリスティアーノ・ロナウドへとエースの系譜が受け継がれました。
この伝統のおかげで、マンチェスターの街では世界中の子供たちが「10番」に憧れる中で例外的に「7番」が特別視されていると言われるほどです。
実際、カントナやロナウドなど強烈な個性と才能を持つスターが7番を背負い続けた結果、マンUの7番は「カリスマの番号」としてブランド化されました。
「8番」は主にセンターミッドフィルダー(CM)が着用する番号です。
攻守に渡って奔走する“ボックス・トゥ・ボックス”型のMFや、中盤の攻撃的役割を担う選手が背負うことが多くなっています。
伝統的にはインサイドライト(やや右寄りの攻撃的MF)が8番でしたが、現代では左右に関係なく中盤中央の選手に与えられます。
例えば、イングランドのスティーブン・ジェラードはリヴァプールで長年8番を背負い、攻守に活躍する象徴的なキャプテンとなりました。同じくフランク・ランパードもチェルシーで8番を纏い、中盤から得点を量産しています。
スペインのアンドレス・イニエスタもバルセロナで8番をつけ、中盤の創造性を発揮しました。8番はチームの心臓部とも言える中盤のキープレーヤーに与えられる傾向が強く、「チームのエンジン」的存在の番号です。
「9番」は言わずと知れたセンターフォワード(CF)、ストライカーの番号です。ゴール前で得点を奪う役割の選手に与えられ、チームの得点源を担うエースストライカーが背負うのが伝統となっています。
元々センターフォワードが9番と定められていたことから(2-3-5の中央FW)、その歴史は深いです。
伝説的な9番としては、ブラジル代表でW杯通算15得点を挙げたロナウド(フェノメノ)が挙げられます。
また、イングランドの得点王アラン・シアラーもニューカッスルで9番を背負い続け、クラブの象徴となりました。近年ではポーランド代表のロベルト・レヴァンドフスキが各所属クラブで常に9番を背負い、ゴールを量産しています。
9番は「点取り屋」のイメージが強く、エースストライカーの証とも言える番号です。
ただし、近年は2トップの一角が9番、もう一人が10番というように、9番と10番で役割を分担するケースもあります。
例えば、かつてイングランド代表ではマイケル・オーウェンが俊敏なストライカーとして「背番号10」をつけ、一方で長身のエミール・ヘスキーがポストプレーヤーとして「背番号9」をつけるという組み合わせが見られました。
このように「9番=フィニッシャー」、「10番=チャンスメイカー」という住み分けがなされることもあり、番号から選手のタイプを想像できるのも面白いポイントです。
「10番」はサッカーにおいて最も特別視される番号で、チームのエースやゲームメーカーに与えられることが多いエースナンバーです。
1958年のW杯で当時無名の17歳だったペレが偶然手にした10番で大活躍しブラジルを優勝に導いたことが、この番号を伝説的なものにしました。
以降、各国で攻撃の中心として活躍するスター選手が次々と10番を背負い、「10番=チームの中心選手」というイメージが世界中に定着しました。
アルゼンチンのディエゴ・マラドーナ、フランスのジネディーヌ・ジダン、イタリアのロベルト・バッジョ、そして現代のアルゼンチン代表リオネル・メッシなど、各時代を代表するスーパースターたちが10番を継承しています。
10番の選手は典型的には「背番号9の少し後ろで、得点だけでなくチャンスを創出する役割」を担うとされ、そのプレースタイル自体が「10番」と呼称されるほどです。
実際、“ナンバー・テン”という言葉は「トップ下の司令塔」や「攻撃的MF」の代名詞として用いられます。現代サッカーでは4-3-3など純粋なトップ下を置かないフォーメーションも増えましたが、それでもチームの創造性を担う選手には「背番号10」を与えたいという風潮が強く残っています。
日本代表でも中村俊輔、香川真司、南野拓実とエースが代々10番を継承してきました。10番を託された選手にはファンやチームから大きな期待が寄せられるため、その重圧も計り知れません。まさに「特別な背番号」と言えるでしょう。
「11番」はウイング(サイドアタッカー)もしくはセカンドストライカー(もう一人のFW)に与えられることが多い番号です。元来は左ウイングが11番でした。
7番と対になる形で、両サイドのアタッカーが7番・11番を背負うイメージです。
11番を背負った有名選手には、マンチェスター・ユナイテッドで左ウイングとして活躍したライアン・ギグス(背番号11を23年間着用)や、ブラジル代表で1994年W杯優勝時にエースストライカーとして11番をつけたロマーリオが挙げられます。
近年では、背番号11はストライカーのパートナー的役割を担う選手にも割り当てられます。
たとえばアルゼンチン代表では、かつてカルロス・テベスが11番をつけており(9番はエルナン・クレスポ、10番はリケルメ)、フォワードの一角としてプレーしました。
クラブでは、リヴァプールのモハメド・サラーが右ウイングながら11番を背負い、得点王になる活躍を見せています。
また、ブラジル出身のネイマールはFCバルセロナ在籍時に11番をつけ(10番はメッシのため)、左ウイングからゴールとアシストを量産しました。
ウイングまたは2トップのもう一人に与えられることが多い11番は、7番と共にチャンスを演出しフィニッシュにも絡む攻撃のキープレーヤーの番号と言えます。
「12番」は多くのクラブでサポーター(ファン)の背番号とされています。
サッカーは11人対11人で戦うスポーツですが、ピッチ外から選手を後押しするファン・サポーターはしばしば「12人目の選手(12th man)」と呼ばれます。
このことから、背番号12はサポーターに捧げる番号として扱われ、特にJリーグでは「12番を選手に与えずサポーター専用とする」クラブが少なくありません。
事実、浦和レッズやFC東京など多くのJクラブで12番の選手は存在せず、スタンドのファンが12番を身につけて応援しています。
背番号12をあえて欠番にしている理由は、声援や応援歌で選手を鼓舞し試合に影響を与えるサポーターもチームの一員だという考え方によるものです。
欧州でも、ドイツのブレーメンやイタリアのナポリなど12番をサポーター番号とする例があります。
また代表チームでも、かつてイタリア代表は招集メンバーから漏れた地元開催向けの選手に12番を贈った逸話があります(1934年W杯)。
このように12番は「フィールドにいない選手」の象徴であり、チームと共に戦うファンへの敬意が込められた特別な番号なのです。
なお大会によってはGKの控えに12番が割り振られることもありますが、多くの場合は第12の戦力=サポーターと解釈されています。
「13番」は西洋文化において不吉な数字とされることから、忌避されがちな番号でした。しかしサッカー界では、この13番を自身のラッキーナンバーに変えた選手もいます。
代表例がドイツの名選手ミヒャエル・バラックです。バラックは13番に強いこだわりを持ち、バイエルン・ミュンヘンでもチェルシーでもドイツ代表でも常に13番を背負って活躍しました。
また、ドイツのもう一人のレジェンドで1970年代の得点王ゲルト・ミュラーも西ドイツ代表で13番をつけ、W杯優勝に貢献しています。これにあやかり、後に登場したトーマス・ミュラーもドイツ代表で13番を着用しており、同じ苗字を持つ大先輩から継承した形です。
一方、イタリアでは13という数字自体には忌避感がなく、アレッサンドロ・ネスタなどDFの名手が13番を好んでつけていました。ネスタはラツィオやACミランで13番を背負い続け、堅実な守備の象徴となりました。
彼にあやかってか、イタリアでは現在もセンターバックが13番を選ぶことが少なくありません。
日本でも、元日本代表DF中澤佑二(横浜F・マリノス)が13番を長年着けており、不吉どころか愛される番号となっています。
逆にイングランドなどでは今なお13を避ける文化があり、プレミアリーグのクラブによっては背番号13が空き番号のままという例もあります。
興味深いのはゴールキーパーの13番です。
大会の登録上、GKは1番とそれ以外の番号になるため、第2GKや第3GKが13番をつけることが昔はよくありました。現代では背番号固定制の中で、あえて13番をつけるGKもいます。
イタリアの名GKブッフォンはユヴェントス加入当初こそ1番でしたが、後年パリ・サンジェルマンに移籍した際には空き番号の関係で背番号13を選択しています(ただし1年で退団)。
このように、13番は一部に忌避されつつも、逆に「13番のエース」という存在も各国で生まれており、不吉を乗り越えた背番号と言えるでしょう。
「14番」はサッカー界で特別な扱いを受ける番号の一つです。それは、20世紀を代表する伝説的選手であるヨハン・クライフが背負っていた番号だからです。
オランダ代表やFCバルセロナで活躍したクライフは本来背番号9や10をつける中心選手でしたが、ある試合でチームメイトに9番を譲った際に偶然手にした14番を気に入り、それ以降自らの代名詞としました。
クライフは1974年W杯でオランダ代表の背番号14をつけて準優勝に導き、クラブでも数々のタイトルを獲得。その卓越したテクニックから生まれた「クライフターン」は彼の名前が冠された有名なプレーとして語り継がれています。
このように偉大な選手がつけていたため、14番に憧れる選手や特別視する風潮が各国に生まれました。
フランス代表のティエリ・アンリはアーセナル在籍時に14番をつけ大活躍し、自身も「クライフが14番だったからこの番号に思い入れがある」と語っています。
日本でも、群馬県の強豪・前橋育英高校サッカー部がエースナンバーを14番と定めているほどで、高校サッカー界では「前育の14番=エース」のイメージが定着しています。
14番はエレガントで創造性豊かなプレーヤーの番号という印象が強く、現代でも攻撃的MFや器用なFWがつけるケースが多いです。
例えば、スペイン代表ではシャビ・アロンソが14番で中盤を支え、ドイツ代表でも攻撃の潤滑油役であるユリアン・ドラグスラー(※移籍により変更もあり)が14番を着用したことがあります。
14番*「背番号10ほど重すぎず、かつ象徴的」という絶妙なポジションにあり、通好みのスター番号と言えるでしょう。
15番や16番といった番号は、伝統的には先発以外の控え選手がつけるイメージがありました。
実際、背番号固定制になる前はベンチ入りの控え選手に12~16番が割り振られており、W杯でも1980年代頃までは招集メンバーが16人程度だったため、15番・16番は控えのFWやDFにあてられることが多かったのです。
しかし固定制の現代では、15番や16番をつけながら不動のレギュラーとして活躍する選手も数多くいます。
例えば、マンチェスター・ユナイテッドの主将を務めたネマニャ・ビディッチは背番号15で長年センターバックの主軸を担い、プレミアリーグ制覇に貢献しました。
また、レアル・マドリードやドイツ代表で守備的MFとして活躍したサミ・ケディラはクラブで6番でしたが、代表では一貫して15番を着けワールドカップを制覇しています。
16番では、マンチェスター・ユナイテッドのレジェンドロイ・キーンが挙げられます。主将としてチームを牽引したキーンは背番号16で知られ、その圧倒的な存在感から「16番なのにNo.1の男」と称されました。
日本代表でもMF山口蛍が長らく16番を愛用し、中盤の潰し役として不可欠な存在となっています。
15番・16番は他のエース番号に比べ地味に思われがちですが、チームに欠かせない職人的プレーヤーが背負うケースが多く、「縁の下の力持ち」的な番号と言えるでしょう。なお、欧州では16番はGKがつける場合もあります(背番号1と12が他で埋まっている場合の第2GKなど)。
「17番」は国や文化によって捉え方が異なる番号です。
イタリアでは伝統的に17が不吉な数字とされ(ローマ数字のXVIIを並べ替えると「VIXI」(ラテン語で「私は生きていた」=既に死んでいる、になるため)忌み嫌われてきました。実際、過去のセリエAでは17番をつける選手が極端に少ない時期がありました。
しかしそんな迷信をものともせず、イタリア・ナポリの英雄マレク・ハムシク(スロバキア出身)は敢えて17番を選び、キャプテンとしてゴールを量産。17番をナポリの象徴的エースナンバーに変えてみせました。ハムシク以降、ナポリでは17番に対する抵抗感がなくなり、彼の後を継ぐ若手にも普通に与えられています。
一方、日本では17に特別な意味はありませんが、例えば元日本代表キャプテンの長谷部誠は浦和レッズ時代から代表に至るまで背番号17を好んでつけています。長谷部は「自分にとって17は思い入れのある番号」と語っており、その理由として高校時代につけていた番号だからとも言われます。
イングランド・プレミアリーグでも、マンチェスター・シティのケヴィン・デブライネが17番でワールドクラスの活躍を見せ、今やシティの背番号17はエース級の印象が定着しました。
また、17番=スーパーサブのイメージもあります。
ドイツ代表では近年、スーパーサブ的な快速FWが17番をつけることがあり、マリオ・ゴメス(EURO2008で17番)やユーリ・サネ(2021年頃のドイツ代表17番)などが途中出場で流れを変える役割を担いました。
日本でもかつて岡野雅行がウイングとして17番をつけ、「野人」と呼ばれるスーパーサブとして活躍したことがあります。
このように17番は国や選手によって幸運の番号にも不運の番号にもなる興味深い存在です。不吉とされつつも、それを力でねじ伏せるようなプレーで逆に特別な輝きを放つケースが各地で生まれています。
「18番」は伝統的に控えフォワードの番号と認識されることが多い番号でした。
1~11が先発に割り振られていた時代、フォワードの控えは背番号18を与えられるケースが多く、今でも「18番=2番手FW」というイメージが残っています。
例えば、ドイツ代表では1990年W杯優勝時、エースの9番ユルゲン・クリンスマンに次ぐFWとしてカール=ハインツ・リードレが18番をつけていました。
また、日本代表でも2000年代、エース高原直泰が19番、控えFWの鈴木隆行が18番という場面が見られました。
しかしながら、固定背番号制の普及後は18番をつけてスタメンに定着するケースも増えました。マンチェスター・ユナイテッドのレジェンドポール・スコールズは背番号18をキャリア通じて身につけ、中盤の核として君臨しました。
イタリア代表ではロベルト・バッジョがキャリア晩年に18番でプレーし(2004年欧州選手権予選など)、背番号へのこだわりを見せない粋な選択として話題になりました。
また、フランス代表で2018年W杯を制したFWオリヴィエ・ジルーは18番を背負い、背番号以上に重要な存在感を発揮しました。
18番はエースには一歩及ばないものの、欠かせないストライカーが着ける印象があります。
クラブでも、ミランのフィリッポ・インザーギが9番(シェフチェンコ在籍時)を避け18番でプレーしたり、チェルシーのディエゴ・コスタが一時18番をつけたりといった例があります。
こうした選手たちは十八番(おはこ)という言葉の通り、自分の得意分野でチームに貢献し、18番を自らの十八番にしています。
「19番」は比較的新しいスター選手が背負うことが多い番号です。クラブでは1桁台が埋まっている中でデビューした若手がまず与えられる番号として19番が選ばれる傾向があります。その後活躍しても、あえて愛着のある19番を付け続ける選手もいます。
有名な例では、アルゼンチン代表のリオネル・メッシが挙げられます。メッシはFCバルセロナのトップチーム昇格時に背番号30を与えられ、その後19番に変更してスター街道を駆け上がりました(のちにエースとして10番に変更)。
また、スペイン代表のダビド・シルバはバレンシア時代に19番をつけ才能を開花させ、その後マンチェスター・シティでも一貫して背番号21を選ぶまで19番がトレードマークでした。
イングランドでは、マンチェスター・ユナイテッドで台頭したラッシュフォードがデビュー当時19番をつけ(現在は10番)、そのスピードと得点力で一気に人気を博しました。
ポジション的にはウインガーやセカンドトップが19番を選ぶことが多い印象です。
フランスの快速ウインガー、フランク・リベリーはバイエルン・ミュンヘンで初期に19番を着け、そのドリブルでファンを魅了しました。イタリア代表でも長年ウインガーとして活躍したジャンフランコ・ゾラはチェルシー移籍当初25番でしたが(後に25番を象徴的番号に)、イタリア代表では19番をつけEURO2004にも臨んでいます。
19番は「次世代のエース候補」がまず手にする番号と言えるでしょう。彼らがゆくゆくは10番や7番などにステップアップしていくことも多いですが、19番時代の輝きはファンにとって鮮烈な記憶となります。
つまり19番には「伸び盛りの才能」というイメージが強く、将来への期待を込めて見守られる番号と言えます。
「20番」は背番号としては区切りの数字であり、登録メンバーが20名程度だった時代には最後尾の番号でした。そのため控え選手のイメージがありましたが、サッカー史に残る大活躍を遂げた20番も存在します。
最も有名なのが、1982年W杯で得点王&優勝に輝いたイタリア代表FWパオロ・ロッシでしょう。ロッシは出場停止明けで本大会メンバー最後列の背番号20を与えられましたが、後半戦から怒涛の6ゴールを挙げてチームを優勝に導きました(大会MVPも受賞)。
この劇的な活躍で、20番はイタリアにおいて「奇跡を起こす番号」との印象を残しました。
クラブレベルでは、マンチェスター・ユナイテッドのオレ・グンナー・スールシャールが「20番のスーパーサブ」として有名です。控えFWだった彼は背番号20を背負いながら途中出場で次々とゴールを奪い、1999年の欧州CL決勝では劇的な決勝点を決めて優勝に貢献しました。現在監督としても知られる彼の活躍により、マンUの20番は「スーパーサブの象徴」となりました。
また、イングランドのスターFWハリー・ケインはトッテナム下部組織出身ですが、台頭当初20番をつけリーグ得点王に輝く活躍を見せ、その後背番号10に変更した経緯があります。
このように新鋭のストライカーがまず20番でデビューし、活躍に応じて伝統番号へ格上げされるパターンも多いです。
20番は他にも、インテルで左利きの魔術師と呼ばれたアルバロ・レコバがつけていた番号でもあります。彼は10番ではなく20番を好んで選び、独創的なプレーを見せました。
日本代表でも中山雅史が一時20番をつけており、スーパーサブとしてゴールを決めています。
総じて20番は「控えと思われた選手が大仕事をやってのける」ドラマを生む番号という印象があり、サッカーファンにとって忘れ難いエピソードが多い番号です。
イタリアの名司令塔アンドレア・ピルロがクラブ(ACミラン、ユヴェントス)でも代表でも好んでつけた番号です。ピルロは「21」に強いこだわりがあり、自身のワインブランド名にもNo.21を用いたほどです。
また、元フランス代表のジネディーヌ・ジダンはユヴェントス加入時にエース番号10が空いておらず21番を背負いましたが、この21番時代に世界的スターとなりました。
近年では、ウルグアイ代表のエディンソン・カバーニが21番を好み、PSGでは9番が埋まっていたため21番でゴールを量産しました(マンUでは7番を着用)。
ブラジルの天才MFカカがACミランでつけていた番号です。入団時に10番(ルイ・コスタ)や8番(ガットゥーゾ)が空いておらず22番となりましたが、カカの大活躍でミランの22番は特別な意味を帯びました。現在もミランでは22番は人気番号の一つです。
スペインの巧者MFイスコもレアル・マドリードで長らく22番を着け、途中出場からゲームを作る役割を担いました。
日本では、中村俊輔が横浜F・マリノス復帰時に22番を着用(前任の10番に遠慮して)し、円熟味あるプレーを見せた例もあります。

この番号は元々第3GKなどがつけることが多かったのですが、デヴィッド・ベッカムがレアル・マドリード移籍時に自ら選択したことで有名になりました。ベッカムは「マイケル・ジョーダンを尊敬している」として背番号23を希望し、銀河系軍団の中で異色の23番を背負いました(その後LAギャルaxyでも23番を選択)。
これに憧れたトッテナムのクリスティアン・エリクセンも「ベッカムがつけていたから」という理由で23番を選んだと言われています。
以来、各国で23番を背負うスターが増え、日本でも香川真司がマンU復帰後に23番をつけたことがあります。元々地味な番号だった23が世界的スターにより価値を高められた好例と言えるでしょう。
24は特定のイメージは薄いですが、近年ではイングランドのFWハリー・ケインがトッテナムでデビュー当初24番を着けました(後に10番)。
また、イタリアでは「24=2と4で“死”(中国語圏の忌み数)」を連想させるとして避ける選手もいますが、あえてつける選手もいます。
NBAのコービー・ブライアントの24番にちなみ、ナポリのロレンツォ・インシーニェはクラブで24番をつけ続けました(自身と妻の誕生日でもあるため)。このように個人的な縁起で選ぶケースがあります。
25はイタリア・イングランドでは登録可能な最大番号(プレミアは1~25が一応の登録枠)でしたが、それゆえに「最後尾の番号」としてチームに一人はいる印象です。
チェルシーでは背番号25をつけたジャンフランコ・ゾラが大活躍し、以来25番はチェルシーサポーターに特別な番号として愛されています。
ドイツ代表&バイエルンのトーマス・ミュラーもクラブで25番を背負い続け、ミュラー=25のイメージが定着しています(13番は代表で着用)。25番は各国リーグのレジェンドが意外と多い番号でもあり、あなどれません。
チェルシーで主将を務めた名DFジョン・テリーは背番号26をつけ続けました。元々ユース出身で空いていた26番が与えられ、その後キャプテンになっても変えなかったため、チェルシーの26番=テリーという図式が生まれています。
彼の引退後、チェルシーでは26番を空き番号にしており、事実上の準欠番扱いになっています。これも固定背番号制ならではの伝統と言えるでしょう。
28は「2+8=10」で10番を意識した選択とする選手もいます。
メッシはバルセロナからパリサンジェルマン移籍時に、ネイマールに10番を譲り、プロデビューの時につけていた背番号30をつけています。
中には語呂合わせで背番号を選ぶ選手もいます。日本では「39番=サンキュー(Thank you)」として感謝の気持ちを込めたりするケースが見られます。
イタリア代表FWマリオ・バロテッリはインテル加入当初9番が空いておらず「4+5=9になるから」と45番を選び活躍しました。バロテッリは「45番は4試合連続ゴールした幸運の番号。4+5はストライカーの番号9になる」と語り、インテルやマンチェスターC、ミランなどで一貫して45番を着用しました。
このように40番台でも選手のこだわりが伺えます。
キックの名手であるアレクサンダー・アーノルドはリバプールで66番をつけています。
いわゆるゾロ目(ぞろ目)の背番号です。
イタリアでは1桁番号は正GK以外フィールドプレーヤーに2~99番が許可されており、一時期ファッション的に66、77、88、99などを選ぶ選手が増えました。
中でも有名なのはGKジャンルイジ・ブッフォンの「88番事件」でしょう。ブッフォンはパルマ時代最終年に1番から88番へ変更しようとしましたが、「88」はネオナチにおいて“HH(アルファベット8番目の文字=H)=Heil Hitler”を意味するとしてユダヤ人団体から批判を受けます。
ブッフォンは「88はサッカーでは“ボールが2つ=勇気”を意味するから選んだ」と弁明しましたが最終的に変更し、代わりに77番を選択しました。
以来、ブッフォンは77番に愛着を持ち、後年加入したパリSGでも背番号77を着用しています。こうしたエピソードから、88番は欧州ではタブーとなり、現在でもほぼ使われません。
99番はブラジルの怪物FWロナウド(Ronaldo)がミランで着けたことで知られます。
ミラン移籍時に9番はインザーギ、10番はセードルフと埋まっており、ロナウドは「9を2つ並べて99にする」という豪快な発想でこの番号を選びました。
ロナウド以降も、イタリアではFWを中心に99番を選ぶ選手が散見されます。例えば、元イタリア代表FWアントニオ・ディ・ナターレはウディネーゼで一度99番をつけています(後に10番復帰)。
また、イタリア代表FWアントニオ・カッサーノはインテルで背番号99をつけましたが、自身の出生年1982にちなみ“82”を希望したものの付けさせてもらえずに99にしたとも言われます(真偽は不明)。
99は最大の番号であることから「とことん目立ちたい」という思いも感じられます。

伝統的な背番号の役割と、現代サッカーでの背番号の使われ方には大きな変化が見られます。固定背番号制が定着したことで、背番号は単なるポジション表示から「選手のブランド」へと進化しました。
例えば、クリスティアーノ・ロナウドの「CR7」やリオネル・メッシの「LM10」は、背番号とイニシャルを組み合わせたブランドとして世界中に認知されています。背番号はユニフォーム販売にも直結するため、クラブやスポンサーにとっても重要なマーケティング要素になっています。
一方で、背番号とポジションの関係が薄れたことで柔軟な起用が可能になりました。
かつては「背番号○○だからこのポジション」という先入観がありましたが、今では背番号はあくまで識別子に過ぎず、極端な話、11番の選手がGKを務めたり(GK負傷でFWが代役GKとなる場合など)15番の選手がエースFWだったりすることも起こりえます。
「背番号通りにならないケースは多い」という指摘もあり、背番号とポジションの関係は目安程度と考えた方がよいでしょう。
各国リーグの特徴を見ると、背番号の使い方にも文化が表れます。
イングランドでは伝統を重んじつつも、固定番号制により7番・10番・9番などが重視される傾向があります。スペインやドイツでは、1~25番までが一軍登録であるため基本的にその範囲で収まりますが、近年は例外も出てきました(バルセロナのアンス・ファティが一時期背番号37でプレーなど)。
イタリアは2桁背番号の解禁が早かったこともあり、大きな番号に抵抗が少なく、個性的な選択が目立ちました。
フランスはリーグ規定で一時1~30番まで(ただし1と16はGK指定)だったため、パリ・サンジェルマン移籍のメッシが本来GK用の30番を特例で許可され着用する、といったエピソードもあります。
そして日本のJリーグは、「12番はサポーター」という文化を根付かせ、各クラブで継承される背番号もあります。
鹿島アントラーズなら「背番号8=小笠原→土居(司令塔)」、「背番号7=レジェンドFWの系譜」、浦和レッズなら「背番号10=エースアタッカー」など、クラブ毎に象徴的な番号が存在します。また39(サンキュー)のような語呂合わせ、あるいは41(始めよう=フォーワン)などのユニークな選択も散見され、日本人らしい番号の楽しみ方が広がっています。
総じて、モダンフットボールにおける背番号は「伝統 × 個性」の融合と言えるでしょう。
伝統的な意味合いは今なお生き続け、若手は憧れの番号10や7を目指し、監督もキープレーヤーにそれらを与えます。同時に各選手は自分だけの物語を背番号に刻み込み、ファンはそこに想いを馳せます。
背番号を見るだけで選手の役割や性格、さらにはクラブの歴史まで感じ取れるのは、サッカーというスポーツの奥深い魅力です。

背番号の意味は時代とともに変遷しつつも、その背後には常に選手やチームのストーリーが存在します。
もともと背番号はポジションを表すもので、その傾向は今も残っていますが、固定背番号制の定着によって「背番号=選手の象徴」という側面が強くなりました。
1~11番の伝統的な意味を理解することで試合を俯瞰できますし、12番以降の特別な番号に込められた想いを知れば、観戦はさらに面白くなるでしょう。
現代サッカーでは、背番号は単なる数字以上の価値を持っています。
各国リーグや代表チームで受け継がれる伝統の番号、時代とともに変わるモダンな背番号事情。どれもサッカー文化の一部です。
ぜひ試合観戦の際には選手の背番号にも注目してみてください。ピッチ上のドラマをより立体的に楽しめるはずです。
背番号に隠された背景を想像しながら応援すれば、サッカー観戦はもっと熱く、もっと味わい深いものになるでしょう。