2012年メッシの年間91ゴールが異次元な理由を徹底解説!全内訳と達成の軌跡

メッシの91ゴールは、2012年にリオネル・メッシが達成した「年間最多得点」のギネス世界記録です。この記事では、91ゴールの詳しい内訳、記録を更新した試合の様子、歴代選手との比較、そしてこの記録がなぜ破られないのかまで、データをもとに解説します。

こんな疑問を持つ方へ

  • メッシの91ゴールって、いつ・何試合で決めた記録なの?
  • 誰のどんな記録を破ったのか知りたい
  • C・ロナウドやレヴァンドフスキと比べてどれくらいすごいの?
  • この記録は今後破られる可能性があるの?

メッシの91ゴールとは?2012年の年間最多得点記録の概要

メッシの91ゴールとは、2012年1月1日から12月31日までの1年間(暦年)に、リオネル・メッシが公式戦で記録した得点の合計です。所属クラブのFCバルセロナで79ゴール、アルゼンチン代表で12ゴール。合計91ゴールを、わずか69試合で決めました。

サッカーの得点記録というと「シーズン単位」で語られることが多いのですが、この記録は「カレンダーイヤー(暦年)」で数える点が特徴です。ヨーロッパのサッカーは秋に開幕して春に閉幕するため、暦年の記録は2つのシーズンにまたがります。つまり91ゴールは、2011-12シーズンの後半戦と2012-13シーズンの前半戦、両方で得点を量産し続けたことを意味します。一時的な爆発ではなく、1年間まったく落ちないペースで走り続けた記録なのです。

40年間破られなかったゲルト・ミュラーの85ゴール

メッシが更新したのは、元西ドイツ代表FWゲルト・ミュラーが1972年に打ち立てた年間85ゴールという記録でした。ミュラーは「爆撃機(デア・ボンバー)」の異名を持つサッカー史上屈指のストライカーで、バイエルン・ミュンヘンと西ドイツ代表で得点を積み上げ、この年に西ドイツをEURO制覇に導いています。

85ゴールという数字は長らく「不滅の記録」と考えられており、実際に40年間、誰も到達できませんでした。それを塗り替えたのが、当時25歳のメッシだったのです。

ギネス世界記録としての認定

メッシの91ゴールは、ギネス世界記録に「年間最多得点(Most football goals scored in a calendar year)」として認定されています。一方で、FIFA(国際サッカー連盟)はこの種の記録を公式に管理・認定していません。この点は後述する「ザンビアのチタル107ゴール説」とも関わってくる、意外と知られていないポイントです。

91ゴールの内訳を徹底分析

91ゴールと聞くと圧倒されますが、内訳を見るとさらに驚かされます。まずは大会別のデータから確認しましょう。

大会別の内訳

大会 ゴール数
ラ・リーガ(スペイン1部リーグ)59
UEFAチャンピオンズリーグ13
コパ・デル・レイ(スペイン国王杯)5
スーペルコパ(スペイン・スーパーカップ)2
アルゼンチン代表(W杯予選・親善試合)12
合計91

特筆すべきはリーグ戦だけで59ゴールを挙げている点です。リーガの1シーズンは38試合ですから、暦年の38試合で59得点というのは1試合平均1.5点を超えるペースです。「格下相手のカップ戦で荒稼ぎした数字」ではなく、最も競争の激しい舞台で積み上げた得点が中心だとわかります。

また、クラブだけでなくアルゼンチン代表でも12ゴールを記録しています。「代表では活躍できない」と批判されがちだった時期のメッシにとって、この12ゴールは印象を覆すものでもありました。

得点パターンの特徴

91ゴールの中身を見ると、メッシというプレーヤーの特徴が浮かび上がります。

・利き足の左足によるゴールが80以上を占め、ヘディングでの得点は3にとどまる
・得点の半分以上は後半に生まれており、試合終盤の残り30分間だけで40ゴールを記録
・69試合で91ゴールは、出場時間あたりに換算すると約66分に1ゴールというペース

とりわけ「終盤に強い」という点は重要です。相手の足が止まる時間帯に仕留めきる決定力こそ、得点を91まで積み上げられた大きな要因でした。さらにメッシはこの年、得点だけでなく20を超えるアシストも記録しており、味方の得点まで含めれば100を優に超えるゴールに関与していたことになります。

ハットトリック9回という量産ぶり

2012年のメッシは、ハットトリック(1試合3得点)を9回達成しています。そのうち2試合では1人で4得点を挙げ、さらに1試合では5得点をマークしました。1つの試合で複数得点を奪う「まとめ取り」の多さが、年間91という異次元の合計につながっています。

記録達成までの道のり|2012年のタイムライン

91ゴールがどのように積み上がっていったのか、節目となった試合を振り返ります。

3月:レバークーゼン戦で1試合5ゴール

2012年3月、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦のバイヤー・レバークーゼン戦(第2戦)で、メッシは1試合5得点という離れ業を演じました。チャンピオンズリーグの歴史で1試合5ゴールを決めた選手はそれまで存在せず、この試合は「2012年のメッシ」を象徴する一戦として語り継がれています。

12月9日:ベティス戦でミュラーの85ゴールを更新

記録更新の瞬間が訪れたのは、2012年12月9日のラ・リーガ、レアル・ベティス戦(アウェー)でした。メッシは前半16分に年間85ゴール目を決めてミュラーの記録に並ぶと、その約9分後、左足でのフィニッシュで86ゴール目をマーク。40年間誰も届かなかった記録を、同じ試合の前半のうちに更新してみせました。試合もバルセロナが2対1で勝利し、メッシの2ゴールがそのまま決勝点となっています。

12月22日:バジャドリー戦で91ゴール目に到達

そして2012年最後の公式戦となった12月22日のレアル・バジャドリー戦で、メッシは2ゴールを追加し、年間得点をついに91まで伸ばしました。90ゴール目と91ゴール目を同じ試合で決め、大台を超えて1年を締めくくったのです。当時は世界中のメディアやファンから「もう二度と見られない記録ではないか」といった驚きと称賛の声が数多く上がりました。

91ゴールの裏にある意外な事実

実は「タイトルにはあまり恵まれなかった」1年だった

ここで少し意外な事実を紹介します。個人として史上最高の得点記録を打ち立てた2012年、バルセロナが獲得した主要タイトルはコパ・デル・レイ(2012年5月にアスレティック・ビルバオを下して優勝)のみでした。2011-12シーズンのリーガはレアル・マドリードに明け渡し、チャンピオンズリーグは準決勝でチェルシーに敗退。夏のスーペルコパでもレアル・マドリードに敗れています。

さらにこの年の夏には、黄金期を築いたグアルディオラ監督がチームを去るという転換点もありました。「91ゴールの年」は、チームとしてはむしろ我慢の1年だったのです。メッシ自身も当時、記録よりもチームのタイトルのほうが大事だという趣旨のコメントを残しており、個人記録とチームの成功が必ずしも一致しないというサッカーの難しさを物語っています。

それでも4年連続のバロンドール受賞

チームタイトルには恵まれなかったものの、91ゴールのインパクトは圧倒的でした。2013年1月に発表された2012年のFIFAバロンドール(世界年間最優秀選手)では、メッシがC・ロナウドとイニエスタを抑えて受賞。史上初となる4年連続受賞という、これまた前人未到の快挙を成し遂げています。

歴代の年間得点記録と比較|91ゴールはどれほど異常か

91という数字のすごさは、他の選手と並べたときに最もよくわかります。年間得点の主な記録を比較してみましょう。

選手 年間ゴール数 達成年
リオネル・メッシ912012年
ゲルト・ミュラー851972年
ペレ751958年
クリスティアーノ・ロナウド692013年
ロベルト・レヴァンドフスキ692021年
キリアン・エムバペ662025年

メッシ以後、誰も70の壁すら越えていない

表を見て気づくのは、91はおろか、メッシ以降は70ゴールに到達した選手すら1人もいないという事実です。全盛期のC・ロナウドが2013年に記録した69、得点マシンと呼ばれたレヴァンドフスキが2021年に記録した69が精一杯で、それでもメッシの記録には22ゴールも届きませんでした。エムバペやハーランドといった新世代のストライカーたちも、年間60台に乗せるのがやっとという状況が続いています。「91」がいかに常識外れの数字か、おわかりいただけるはずです。

ザンビアの英雄チタルの「107ゴール説」とは

メッシが記録を更新した直後、ザンビアサッカー協会が「本当の記録保持者は我々の英雄だ」と声を上げたことをご存じでしょうか。ザンビアの伝説的ストライカー、ゴッドフレー・チタルが1972年(奇しくもミュラーと同じ年)に年間107ゴールを決めていた、という主張です。

この数字は当時のザンビアの新聞や国立公文書館の資料をもとに研究者が集計したものですが、公式記録の不足などを理由に、FIFAなどの公的機関に正式な世界記録として認められたことはありません。ギネス世界記録として認定されているのはあくまでメッシの91ゴールです。ただ、アフリカサッカーの歴史が十分に記録されてこなかったという問題を提起した点で、この論争には大きな意味がありました。チタルは1993年、ザンビア代表チームを乗せた飛行機の墜落事故で命を落としており、母国では今も英雄として敬われています。

なぜ91ゴールは破られないのか

最後に、この記録が今後も破られにくいと考えられる理由を、当時の状況から掘り下げます。

理由1:複数の歯車が完璧に噛み合った奇跡の期間だった

2012年のメッシは、グアルディオラが完成させたパスサッカーの中で「偽9番」(センターフォワードの位置から中盤に下がってゲームに関与する役割)として最高の形に達していました。シャビとイニエスタという史上最高級の司令塔が最高の位置にボールを届け、メッシは得点に最も近い場所で仕事に集中できた。この年の前後、2011-12シーズンにはシーズン公式戦73ゴール(うちリーガ50ゴール)という、こちらも歴代最多のシーズン記録を樹立しています。選手個人の全盛期と、チーム戦術の完成期が完全に重なる期間はキャリアの中でごくわずかしかありません。

理由2:怪我なく1年間走り切る必要がある

暦年記録の更新には、1月から12月まで主要な離脱なく試合に出続けることが必須です。実際、69試合というメッシの出場数自体が驚異的で、現代サッカーの強度でこれだけの試合をこなしながら得点ペースを保つのは至難の業です。近年は選手の疲労管理のためローテーション(複数の選手を入れ替えながら起用する方針)が徹底され、エースであってもカップ戦を休むことが当たり前になりました。1試合でも欠場すれば、その分のゴールは永遠に積めません。

理由3:得点を1人に集中させるチームが減った

当時のバルセロナは攻撃の終着点がメッシに集約される設計でしたが、現代の強豪クラブは得点源を複数に分散させる傾向が強まっています。仮にハーランド級の点取り屋でも、チーム全体の得点のうち1人が占められる割合には限界があります。91ゴールという記録は、「歴史的な才能」「完璧なチーム」「無事故の1年」という3つの条件がすべて揃って初めて可能になる数字なのです。

よくある質問

Q1. メッシの91ゴールは何試合で達成されたのですか?
A. 公式戦69試合です。バルセロナで60試合79ゴール、アルゼンチン代表で9試合12ゴールという内訳で、出場時間に換算するとおよそ66分に1点というペースでした。
Q2. 91ゴールはFIFAの公式記録ですか?
A. FIFAは年間得点記録を公式に管理・認定していないため、「FIFA公式記録」ではありません。ただし、ギネス世界記録には「年間最多得点」として正式に認定されています。
Q3. 「シーズン73ゴール」とはどう違うのですか?
A. 91ゴールは1月から12月の「暦年」で数えた記録、73ゴールはメッシが2011-12シーズンに記録した「1シーズン」の得点記録です。数える期間が異なる別々の記録で、どちらもメッシが保持しています。
Q4. C・ロナウドの年間最多得点は何ゴールですか?
A. 2013年に記録した69ゴールがC・ロナウドの年間最多です。全盛期のロナウドをもってしても、メッシの91には22ゴール及びませんでした。
Q5. ゲルト・ミュラーはどんな選手だったのですか?
A. 1970年代に活躍した西ドイツの伝説的ストライカーで、「爆撃機」の異名を持ちます。バイエルン・ミュンヘンと西ドイツ代表で得点を量産し、1972年に記録した年間85ゴールは、メッシに破られるまで40年間も世界記録であり続けました。

まとめ

メッシの91ゴールについて、要点を整理します。

・91ゴールは2012年の1年間に公式戦69試合で達成された年間最多得点のギネス世界記録
・内訳はバルセロナで79(リーガ59、CL13、国王杯5、スーペルコパ2)、アルゼンチン代表で12
・1972年のゲルト・ミュラーの85ゴールを40年ぶりに更新し、記録更新は2012年12月9日のベティス戦
・以降、C・ロナウドとレヴァンドフスキの69が最高で、70ゴールに到達した選手すらいない
・才能・チーム・健康の3条件が揃って初めて可能な、今後も破られにくい記録

年間91ゴールという数字は、サッカーというスポーツの「得点の常識」を1人の選手が塗り替えた瞬間の記録です。この先どれほど優れたストライカーが現れても、この数字と比較されることは避けられません。それこそが、91ゴールが「史上最高の個人記録」と呼ばれ続ける理由なのです。