- エムバペは何人?国籍はどこ?
- 両親はどこの出身?ハーフなの?
- なぜカメルーンやアルジェリアの代表ではなく、フランス代表なの?
エムバペはフランス国籍のフランス人で、1998年12月20日にパリで生まれました。父ウィルフリードはカメルーン生まれ、母ファイザ・ラマリはアルジェリア出身の両親を持つフランス生まれの女性です。つまり「アフリカの2つの国にルーツを持つフランス人」です。この記事では、2026年9月時点の情報で、両親のルーツ、兄と弟を含む家族構成、フランス代表を選んだ理由までを整理します。
エムバペは何人?答えはパリ生まれのフランス人
キリアン・エムバペは、パリ19区で生まれ、パリの北東の郊外にあるボンディで育ちました。国籍はフランスで、サッカーでもフランス代表としてプレーしています。「何人か」という問いへの答えは「フランス人」です。
一方で、名前の響きや見た目から「アフリカの選手では?」と思う人も多いようです。その印象にも理由があります。父はカメルーン、母方の家族はアルジェリアの出身で、両親ともアフリカにルーツがあるからです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | キリアン・エムバペ(Kylian Mbappé) |
| 国籍 | フランス |
| 生年月日 | 1998年12月20日(27歳) |
| 生まれた場所 | フランス・パリ19区 |
| 育った町 | パリ北東の郊外ボンディ |
| 父 | ウィルフリード(カメルーン生まれ) |
| 母 | ファイザ・ラマリ(フランス生まれ・アルジェリア系) |
| 所属クラブ | レアル・マドリード(スペイン) |
| 代表 | フランス代表(106試合66得点) |
※年齢と代表の数字は2026年9月25日時点(英語版Wikipediaの記載による)。
エムバペが最初にボールを蹴ったのは、地元のクラブASボンディです。2004年から2013年までここでプレーし、その後モナコの下部組織に入りました。ボンディでの子ども時代は、フランスのテレビ局FRANCE 24も2018年のW杯のときに取材しています。
FRANCE 24「Dans les pas de Kylian Mbappé à Bondy」(2018年7月6日公開)。エムバペが育ったボンディの町を訪ねたフランス語のリポートです
両親のルーツ:父はカメルーン、母はアルジェリア系
ル・パリジャン紙のチャンネル(2023年7月9日公開)。父の故郷ジェバレ島を訪れたエムバペが、村の人たちに迎えられた様子です
父ウィルフリード:カメルーン出身のサッカー指導者
父のウィルフリード・エムバペは、カメルーンの港町ドゥアラの生まれです。一家のふるさとは、ドゥアラの近くの川の河口にあるジェバレ島とされています。フランスに渡ったあと、ASボンディで20年以上サッカーを教え、幼いキリアンの最初のコーチになりました。
エムバペは2023年7月に3日間カメルーンを訪れ、7月8日にはジェバレ島にも足を運びました。フランスの国際放送RFIによると、村では約1,000人が集まり、エムバペは「ジェバレの小さな王子」と呼ばれて歓迎されました。本人も、ジェバレにルーツがあることを誇りに思うと話しています。
母ファイザ・ラマリ:アルジェリア系の元ハンドボール選手
母のファイザ・ラマリは、1974年にボンディで生まれました。両親はアルジェリア北部のカビリー地方の出身で、家族はカビール人(北アフリカの先住民族ベルベル系の人々)です。母自身もスポーツ選手で、1990年から2001年まで地元ボンディのチームでハンドボールをしていました。
いまはキリアンと弟エタンの代理人として、契約や広告の仕事を担当しています。2022年には、選手の代理人の会社も立ち上げました。
エムバペはハーフ?
両親のルーツでいえば、エムバペは「カメルーンとアルジェリアのハーフ」と言えます。フランスのサッカー情報サイト、フット・メルカートも、エムバペを「カメルーン人の父と、フランスとアルジェリアにルーツを持つ母の子」と紹介しています。
ただ、本人も母もフランス生まれです。日本語の「ハーフ」から思い浮かべる「外国の人と日本の人の子」とは少し違います。「アフリカにルーツを持つフランス人」と言うほうが、実際の姿に近いでしょう。
家族構成:養子の兄と弟もプロサッカー選手
エムバペ家は、3人の息子がみなプロのサッカー選手になった一家です。兄と弟は、それぞれ次のような経歴を持っています。
兄ジレス・ケンボ・エココ:コンゴ民主共和国生まれ
兄のジレス・ケンボ・エココは、1988年1月にコンゴ民主共和国(当時のザイール)の首都キンシャサで生まれました。6歳でフランスに渡ってボンディで暮らし、エムバペ家に迎えられて兄弟として育ちました。
プロとしては、フランス1部のレンヌで2006年から2012年までプレーしました。その後はアラブ首長国連邦のアル・アインやトルコのブルサスポルなどでプレーしました。ブルサスポルには2019年まで所属しています。フランスのU21代表にも選ばれています。幼いキリアンにとっては、いちばん身近なプロ選手でした。
弟エタン:リールのMF、2026年9月にU21代表に初招集
弟のエタン・エムバペは、2006年12月29日生まれです。兄と同じASボンディからPSGの下部組織に進み、2023年12月にPSGでプロデビューしました。2024年7月にリールへ移り、2026年9月時点ではリールの背番号8をつけるMFです。
2026年9月には、フランスU21代表に初めて選ばれました。本人は「フランス代表のユニフォームを着るのは初めて。国歌を聞いて歌うのはきっと最高だ」と話しています。兄キリアンのゴールパフォーマンスの「腕組みポーズ」は、ゲームで兄に勝ったエタンのポーズがもとになっています。
なぜフランス代表?カメルーンやアルジェリアも選べた?
FIFAの規則では、複数の国籍を持つ選手は、本人・親・祖父母のだれかがその国で生まれていれば、その国の代表を選べます。エムバペの場合、父はカメルーン生まれで、母方の祖父母はアルジェリアの出身です。規則の上では、カメルーンやアルジェリアの国籍を持っていれば、両国の代表になれる可能性がありました。
ただし、エムバペがカメルーンやアルジェリアの国籍を持っていたかどうかを示す公式な情報は見当たりません。実際には、年代別からずっとフランス代表で育ち、18歳だった2017年3月にA代表でデビューしました。そのあとは2018年のW杯本大会で優勝しているため、今からほかの国の代表に移ることは規則上できません。
では、もしフランス以外を選ぶならどこだったのか。エムバペは、2026年4月2日に報じられた番組「The Bridge」(ポッドキャスト)で、この質問に答えています。フット・メルカートによると、答えはカメルーンでした。
理由は「アルジェリアの文化よりカメルーンの文化の中で育ったから」です。カメルーンの家族と近く、何度も訪れていたと話しています。一方で「アルジェリアには行ったことがないが、ぜひ行きたい。年を重ねてアルジェリアの家族ともずっと近くなった」とも語りました。最後は笑いながら「弟のエタンをアルジェリアに送るよ」と付け加えています。
フランス代表で残した記録【2026年W杯まで】
FIFA公式チャンネル(2026年6月16日公開)。W杯初戦のセネガル戦で、フランス代表の歴代最多得点を更新したゴールです
エムバペは、フランス代表の記録を次々に塗り替えてきました。19歳で出た2018年のW杯で優勝し、2022年のW杯では決勝でハットトリックを決めて得点王になりました。2023年3月からはフランス代表の主将を務めてきました。
2026年のW杯では、初戦のセネガル戦で2得点し、オリヴィエ・ジルーを抜いてフランス代表の歴代最多得点者になりました。6月22日のイラク戦が代表100試合目です。大会では10得点を挙げ、2大会続けての得点王に輝きました。W杯での通算22得点は、メッシを抜いて歴代1位です。フランスは準決勝でスペインに敗れ、3位決定戦でもイングランドに敗れて4位でした。
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上はエムバペ本人のInstagramで、2026年6月17日に「58 buts(58ゴール)」と添えて、代表の歴史で最多得点者になれてとても誇りに思うとつづった投稿です。
| 大会 | フランスの成績 | エムバペの得点 |
|---|---|---|
| 2018年W杯 | 優勝 | 4点 |
| 2022年W杯 | 準優勝 | 8点(得点王) |
| 2026年W杯 | 4位 | 10点(得点王) |
| W杯通算 | — | 22点(歴代1位) |
クラブでは、2024年からスペインのレアル・マドリードでプレーしています。カメルーンとアルジェリアにルーツを持ち、ボンディで育った選手が、フランス代表の歴史で一番多くゴールを決めた選手になりました。
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上はレアル・マドリード公式のInstagramで、2026年7月20日に、エムバペのW杯得点王を祝った投稿です。
データで見る:日本では「国籍」で調べる人が最も多い
フットボール戦士の記事が、エムバペのルーツを調べる検索で表示された回数を、言葉ごとに集計しました。「国籍」が約7割で最も多く、「両親」と「何人」が約1割ずつ、「ハーフ」が1割弱でした。「国籍」の検索に限ると、48.2%が「エンバペ」と書いて調べられていました。
注目度も見てみます。フットボール戦士の集計では、エムバペの日本語版Wikipediaの閲覧数は、2026年は9月23日までで828,614回でした。W杯のあった2022年(1,115,502回)に次ぐ多さです。集計している98人の中では、直近30日で16位にあたります。
フットボール戦士が毎日集計している「サッカー選手 日本での注目度ランキング」のデータです(日本語版Wikipediaの閲覧数)。
よくある質問
A. フランスです。1998年にパリで生まれ、パリ郊外のボンディで育ちました。サッカーでもフランス代表としてプレーしています。
A. 父ウィルフリードはカメルーンのドゥアラ生まれです。母ファイザ・ラマリはフランスのボンディ生まれで、両親がアルジェリアのカビリー地方の出身です。
A. 両親のルーツでいえば、カメルーンとアルジェリアのハーフです。ただし本人も母もフランス生まれなので、「アフリカにルーツを持つフランス人」と言うほうが近いでしょう。
A. 年代別からフランス代表で育ち、2017年にA代表でデビューしたためです。2018年のW杯本大会にも出たので、FIFAの規則上、ほかの国には移れません。2026年4月には「フランス以外ならカメルーンを選んだ」と話しています。
A. 2026年9月にフランスU21代表に初めて選ばれました。A代表での出場はまだありません(2026年9月25日時点)。
まとめ:エムバペは「アフリカにルーツを持つフランス人」
- エムバペはパリ生まれ・ボンディ育ちで、国籍はフランス
- 父ウィルフリードはカメルーン生まれ、母ファイザ・ラマリはアルジェリア系のフランス人
- 養子の兄ジレス・ケンボ・エココは元プロ、弟エタンはリールのMF
- 規則上はカメルーン・アルジェリアの代表もあり得たが、W杯出場でフランスに確定
- 2026年W杯で10得点を挙げ、W杯通算22得点は歴代1位
エムバペは、カメルーンとアルジェリアのルーツを大切にしながら、フランス代表の歴史を塗り替えてきました。2026年4月には、まだ訪れていないアルジェリアにも行きたいと話しています。エムバペの呼び名については、こちらの記事で紹介しています。
※この記事の情報は2026年9月25日時点のものです。出典:英語版Wikipedia(Kylian Mbappé/Wilfrid Mbappé/Fayza Lamari/Ethan Mbappé/Jirès Kembo Ekoko)、RFI(2023年7月8日)、Foot Mercato(2026年4月2日)、Media365(2026年9月22日)、リール公式サイト、FIFA「Regulations Governing the Application of the Statutes」(2024年版)。
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