デゼルビの戦術は、なぜ世界中の指導者から注目され続けるのでしょうか。自陣であえてボールを止め、相手を誘い込んでから一気に加速する「疑似カウンター」。その独創的な仕組みは、グアルディオラをして「過去20年で最も影響力のある監督のひとり」と言わしめました。この記事では、仕組みの核心から弱点、キャリアごとの進化までを、図解と表を使ってわかりやすく解説します。
- 疑似カウンターって結局どういう仕組み?
- なぜデゼルビはあんなに評価が高いの?
- 三笘薫はデゼルビの戦術でどう活きていたの?
- マルセイユではなぜうまくいかなかったの?
- トッテナムの監督になってからはどうなっているの?
この記事を読み終えるころには、デゼルビのチームの試合を「次に何が起こるか」を予測しながら観られるようになるはずです。
デゼルビ戦術とは?3つの基本原則をわかりやすく解説
ロベルト・デ・ゼルビはイタリア・ブレシア出身の指導者で、サッスオーロ、シャフタール・ドネツク、ブライトン、マルセイユを経て、2026年3月からトッテナム・ホットスパーを率いています。彼の戦術を一言で表すなら「ボール保持を武器にして、相手の守備組織を自分たちの意思で壊すサッカー」です。
まずは、すべての土台になっている3つの基本原則から見ていきましょう。
原則1:ボールを「止める」勇気――足裏で相手を誘い出す
デゼルビのチームを初めて観た人が最も驚くのが、センターバックが自陣のペナルティエリア付近で、足裏でボールを踏んで静止する場面です。普通の感覚なら「危ない、早く前に蹴って」と思うところですが、これこそが戦術の出発点です。
ボールを止めて動かさないと、相手のフォワードは「奪えそうだ」と感じて食いついてきます。相手が食いつけば、その選手が守っていたスペースが空きます。つまりデゼルビのチームは、ボールを止めることで相手の守備ブロックを自ら崩しに来させているのです。餌を撒いて魚をおびき寄せる釣りに似た発想だと考えるとイメージしやすいでしょう。
原則2:低い位置からのビルドアップで相手の第一列を無効化する
ビルドアップとは、自陣からパスをつないで攻撃を組み立てることです。デゼルビのチームはゴールキーパーを含めた最後方の選手たちが極端に低い位置に立ち、相手のフォワードをできるだけ自陣深くまで引き込みます。
相手の1列目(フォワード)がプレスに来た瞬間、その脇や背後にパスを通せば、1列目はまとめて置き去りになります。守備側から見ると「プレスに行けば背後を使われ、行かなければ延々とボールを持たれる」という二択を常に突きつけられることになります。
原則3:ポゼッションは目的ではなく「前進のための手段」
デゼルビはボール支配率の高いチームを作りますが、本人の思想はいわゆる「ポゼッションのためのポゼッション」とは異なります。パス回しはあくまで相手を動かし、前進するための手段です。相手を十分に引き込んで中盤や最終ラインにスペースが生まれたら、縦パスや持ち運びで一気に加速します。この「静から動への急激な切り替え」が、次に解説する疑似カウンターにつながります。
疑似カウンターの仕組み――デゼルビ戦術の代名詞
「疑似カウンター」は、デゼルビの戦術を語るうえで欠かせないキーワードです。日本のサッカーファンの間で広く使われるようになった言葉で、その名のとおり「カウンターのような状況を、ボールを保持したまま人工的に作り出す」プレーを指します。
そもそもカウンターと何が違うのか
通常のカウンターは、相手にボールを奪われて攻め込まれた後、ボールを奪い返した瞬間に発動します。相手が攻撃のために前がかりになっているので、背後に広大なスペースがあるわけです。ただし、これは相手の攻撃を受けないと始まらない「受け身」の武器です。
疑似カウンターは、この状況を自分たちのボール保持から意図的に再現します。自陣でボールを止めて相手のプレスを誘い込めば、相手は「攻めてきた状態」と同じように前がかりになります。そこをひっくり返せば、ボールを失っていないのにカウンターと同じ景色が目の前に広がる、という仕組みです。
発動までの4ステップ
ポイントは、STEP3の「外す」局面です。プレスを外す瞬間はチーム全体の共通認識として設計されており、パスを受ける前の身体の向き、パスの強さ、味方が寄るタイミングまで細かくトレーニングされています。だからこそ、相手が仕組みを知っていても簡単には止められないのです。
なぜ分かっていても止められないのか
相手チームの立場で考えてみましょう。取れる選択肢は実質2つしかありません。
| 相手の選択肢 | 起こること | デゼルビ側の狙い |
|---|---|---|
| プレスに行く | 守備ブロックが間延びし、背後と中盤にスペースが生まれる | 疑似カウンター発動。空いたスペースを一気に突く |
| プレスに行かない | デゼルビ側が安全にボールを前進させ、敵陣に押し込まれる | 押し込んでサイド攻撃やミドルシュートで崩す |
どちらを選んでも不利益がある「ジレンマの構造」を90分間押しつけ続ける。これがデゼルビ戦術の本質です。守備側は常に頭を使わされ、集中力を削られていきます。
デゼルビの経歴と戦術の進化――サッスオーロからトッテナムまで
デゼルビの戦術は、キャリアを通じて少しずつ形を変えてきました。まずは監督としての歩みを表で整理します。
| 期間 | クラブ | 主な実績 |
|---|---|---|
| 2018年〜2021年 | サッスオーロ(イタリア) | 攻撃的ポゼッションで旋風。2019-20、2020-21と2季連続でセリエA8位 |
| 2021年〜2022年 | シャフタール・ドネツク(ウクライナ) | ウクライナ・スーペルクップ制覇。チャンピオンズリーグ出場 |
| 2022年9月〜2024年5月 | ブライトン(イングランド) | 2022-23にクラブ史上最高のプレミアリーグ6位。クラブ史上初の欧州カップ戦(ヨーロッパリーグ)出場権を獲得 |
| 2024年夏〜2026年2月 | マルセイユ(フランス) | 2024-25リーグ・アン2位(勝ち点65)でチャンピオンズリーグ出場権を獲得。在任69試合で勝率57% |
| 2026年3月〜 | トッテナム(イングランド) | 2025-26シーズン終盤に就任し、プレミアリーグ残留に導く |
サッスオーロ時代――「疑似カウンター」の原型が生まれた場所
デゼルビの名を欧州に知らしめたのが、2018年から3シーズン率いたサッスオーロです。中堅クラブでありながらゴールキーパーを組み込んだ大胆なビルドアップを徹底し、セリエAで2季連続の8位に導きました。ビッグクラブ相手にも一切スタイルを曲げない姿勢は「イタリアで最も勇敢なチーム」と評され、後のすべてのチーム作りの原型になっています。
シャフタール〜ブライトン時代――世界的評価と三笘薫の躍動
シャフタール・ドネツクではウクライナ・スーペルクップを制し、監督として初タイトルを獲得しました。そして2022年9月、ブライトンの監督に就任すると、キャリア最大のブレイクスルーが訪れます。就任1季目の2022-23シーズンにクラブ史上最高のプレミアリーグ6位でフィニッシュし、クラブ史上初となる欧州カップ戦出場権をもたらしたのです。
日本のファンにとって忘れられないのが、三笘薫の起用法でしょう。疑似カウンターで相手陣形を広げた先の「仕上げ役」として左ウイングの三笘に質的優位を作り、1対1の状況を意図的に量産しました。三笘のドリブルが最大限に活きたのは、個人の能力に加えて、彼が最高の状態でボールを受けられる構造をチームが作っていたからです。
この時期、マンチェスター・シティのグアルディオラ監督が「過去20年で最も影響力のある監督のひとり」とデゼルビを絶賛したことも大きな話題になりました。
マルセイユ時代――栄光と挫折が同居した1年半
2024年夏に就任したマルセイユでは、1季目の2024-25シーズンにリーグ・アン2位(勝ち点65)という好成績を残し、チャンピオンズリーグ出場権を獲得しました。在任69試合の勝率57%は、マルセイユの直近10年の監督の中で最も高い数字です。
しかし2季目の2025-26シーズン、チャンピオンズリーグのリーグフェーズで3勝5敗の25位に終わり、得失点差でプレーオフ進出を逃します。さらにリーグ戦ではパリ・サンジェルマンに0-5と大敗。この直後の2026年2月11日、クラブとの双方合意で退任が発表されました。退任時のチームはリーグ4位でした。
マルセイユでの挫折は「デゼルビ戦術の限界」と語られることもありますが、数字を見れば国内リーグでは一貫して結果を出しており、欧州の舞台での勝負弱さと、ビッグマッチでの大敗が重なった末の別れだったと言えます。理想主義的なスタイルを貫く監督が、結果への要求が極端に強いクラブで戦う難しさを示した事例でもありました。
トッテナム時代――残留争いという新たな試練を乗り越えて
2026年3月31日、デゼルビはトッテナム・ホットスパーの監督に就任します。2025-26シーズンのトッテナムは監督交代が続いた末に降格圏を争う苦しい状況にあり、デゼルビは同シーズン3人目の指揮官でした。
残り試合わずかという極限の状況で、デゼルビは守備の安定を最優先に立て直しを図り、チームは最終節エヴァートン戦の引き分けで勝ち点41の17位となり、プレミアリーグ残留を決めました。「攻撃的な理想主義者」というイメージの強かったデゼルビが、現実的な残留争いを勝ち切ったことは、指導者としての幅を示す出来事だったと言えるでしょう。2026-27シーズン以降、本来のスタイルをトッテナムにどう植え付けていくのかが、大きな注目ポイントです。
デゼルビ戦術の弱点と、相手チームの対策
ここまで魅力を中心に解説してきましたが、公平を期すために弱点にも触れておきます。デゼルビ戦術は強力である一方、構造上のリスクを常に抱えています。
弱点1:自陣でのミスが即失点につながる
自陣ゴール前で相手を誘い込む以上、パスミスやコントロールミスは即シュートチャンスの献上を意味します。技術に不安のある選手が最終ラインにいると、戦術全体が機能不全に陥ります。実際、対戦相手はあえて「奪えるふり」をしてミスを誘発するプレスのかけ方を研究してきました。デゼルビのチームと戦う側にとって、序盤にビルドアップのミスから1点を奪うことは、相手の勇気をくじく最大の一手になります。
弱点2:徹底的に引かれた相手への崩しの手数
疑似カウンターは「相手がプレスに来ること」が発動条件です。裏を返せば、最初からプレスを放棄して自陣に撤退する相手には、この武器が使えません。ブロックを敷いた相手に対しては、サイドからのクロスやミドルシュート、セットプレーといった別の引き出しが必要になり、ここの得点力がシーズンの成績を左右してきました。
グアルディオラも認めた評価――世界の指導者とファンの反応
デゼルビの戦術に対する評価で最も有名なのが、グアルディオラの言葉です。ブライトン時代の対戦時に「過去20年で最も影響力のある監督のひとり」「パス回しは世界最高」と手放しで称賛しました。実際に両者の対戦では、互いのリスペクトを隠さない親密なやり取りが毎回のように見られ、ファンの間では「仲が良すぎる」と話題になる声も多く見られます。
また、グアルディオラ以外にも複数のトップ指導者がデゼルビのビルドアップ設計を高く評価しており、彼のトレーニング映像や試合分析は世界中の指導者の教材として扱われています。「勝敗」だけでなく「サッカーというゲームの考え方そのもの」に影響を与えている点こそ、デゼルビという監督の特別さです。
よくある質問
A. 普通のカウンターは相手からボールを奪った瞬間に発動する「受け身」の攻撃ですが、疑似カウンターは自分たちのボール保持から相手のプレスを意図的に誘い込み、カウンターと同じ状況を人工的に作り出す「能動的」な攻撃です。ボールを失っていないのに、相手陣形だけが崩れている点が最大の違いです。
A. 2026年3月31日にトッテナム・ホットスパーの監督に就任しています。2025-26シーズン終盤の残留争いのさなかにチームを引き継ぎ、プレミアリーグ残留に導きました。
A. ブライトン時代の三笘は、疑似カウンターで相手守備を中央に引きつけた後の「仕上げ役」でした。相手陣形が崩れ、サイドに1対1の状況ができたところでボールを受けるため、持ち味のドリブルを最も有利な条件で発揮できる設計になっていました。
A. どちらもボール保持を重視しますが、グアルディオラが位置的優位(ポジショニング)で相手を動かすのに対し、デゼルビはボールを「止める」ことで相手を自分から食いつかせる点に独自性があります。相手を「動かす」か「来させる」か、というアプローチの違いと整理すると分かりやすいでしょう。
A. 2025-26シーズンにチャンピオンズリーグのリーグフェーズで敗退し、直後のリーグ戦でパリ・サンジェルマンに0-5で大敗したことを受け、2026年2月11日にクラブとの双方合意で退任しました。ただし在任69試合の勝率57%はマルセイユの直近10年の監督で最高であり、成績不振一色だったわけではありません。
まとめ:デゼルビ戦術は「相手にジレンマを突きつける」サッカー
最後に、この記事の要点を整理します。
- デゼルビ戦術の核心は、自陣でボールを止めて相手のプレスを誘い込み、空いたスペースを一気に突く「疑似カウンター」にある
- 相手は「プレスに行っても行かなくても不利」というジレンマを90分間突きつけられる
- ブライトンでは2022-23にクラブ史上最高の6位、マルセイユでは2024-25にリーグ・アン2位と、クラブの規模を超えた結果を出してきた
- 弱点は自陣でのミスのリスクと、撤退した相手への崩し。対戦相手の研究も年々進んでいる
- 2026年3月からはトッテナムを率い、残留争いを勝ち切るという新しい一面も見せた
デゼルビのサッカーは、知れば知るほど観戦が面白くなる「仕掛けの連続」です。次にデゼルビのチームの試合を観るときは、センターバックがボールを足裏で止めた瞬間に注目してみてください。その静けさの裏で、ピッチ上では高度な駆け引きが始まっています。
フットボール戦士 