メッシが金髪にした理由とは?「ゼロから始める」宣言の真相

こんな疑問を持つ方へ

  • メッシが金髪だった時期があったけれど、あれはいつのことだったのか知りたい
  • あの真面目そうなメッシが、なぜ突然髪を金色に染めたのか理由が気になる
  • 金髪にした前後で、メッシに何があったのかを整理して理解したい

リオネル・メッシが金髪に染めて世界を驚かせたのは、2016年の夏のことでした。派手な行動とは無縁だったスーパースターの突然のイメージチェンジには、実はキャリア最大級の挫折と、そこから立ち上がるための強い決意が隠されていました。

この記事では、金髪にした正確な時期と経緯、本人が語った理由、世間の反応、そしてその後の復活劇までを時系列で丁寧に解説します。読み終える頃には、あの金髪が単なる気まぐれではなく、メッシのキャリアを語るうえで欠かせない転機だったことがわかるはずです。

メッシが金髪にしたのはいつ?公開された経緯

まずは多くの方が知りたい「時期」から確認していきます。メッシの金髪姿が初めて世界に公開されたのは、2016年7月下旬のことです。

金髪姿が初公開されたのは2016年7月下旬

金髪姿が最初に広まったきっかけは、のちに妻となるパートナーのアントネラ・ロクソさんがSNSに投稿した写真でした。ヒゲをたくわえたまま髪だけを明るい金色に染めたその姿は、それまでの黒髪で素朴な印象のメッシとはまったくの別人のようで、写真は瞬く間に世界中へ拡散されました。

当時のメッシは29歳。FCバルセロナの絶対的エースとして、ネイマール、ルイス・スアレスとともに強力な3トップを形成していた時期です。ピッチ外で話題を振りまくタイプではなかっただけに、この大胆なカラーチェンジは大きなニュースとして扱われました。

お披露目の舞台はバルセロナのイングランド合宿

SNSでの公開とほぼ同じ時期、メッシはバルセロナのプレシーズン合宿に金髪姿で合流します。合宿地はイングランドで、トレーニングに現れた金髪のメッシの写真や映像が各国メディアで一斉に報じられました。日本のサッカーメディアでも相次いで取り上げられ、サッカーに詳しくない層にまで届くニュースになったことを覚えている方も多いのではないでしょうか。

その後メッシは、2016-17シーズンの序盤を金髪姿のままプレーしています。公式戦のピッチに立つ金髪のメッシは、それだけで画面の中の存在感が変わって見えるほどのインパクトがありました。

ここで押さえておきたいのは、この金髪が「シーズンオフの遊び」として出てきたものではなかった点です。公開されたタイミングは、後述するアルゼンチン代表引退宣言の約1か月後。つまり金髪は、メッシのキャリアがもっとも揺れていた時期のど真ん中で生まれたものでした。この時系列を知っているかどうかで、金髪の見え方は大きく変わってきます。

黒髪の印象が強かったからこそ生まれた衝撃

そもそもメッシは、デビュー以来ずっと黒髪で通してきた選手です。若い頃は耳が隠れるほどの長髪、キャリア中盤からは落ち着いた短髪と、髪型こそ変わってきたものの、髪色に手を加えたことはありませんでした。同時代のスター選手たちが髪型や髪色で次々と話題を作るなかで、メッシは「プレーだけで語る選手」の代表格だったと言ってよいでしょう。

だからこそ、金髪への変身は他の選手のイメージチェンジとは比べものにならない驚きをもって受け止められました。「あのメッシが染めた」という事実そのものがニュースだったのです。派手さと無縁だった選手の突然の変化に、「何かあったのではないか」と感じたファンも少なくありませんでした。そして実際に、その直感は当たっていました。

なぜ金髪に染めたのか?本人が語った理由

次に、検索する方がもっとも気になるであろう「理由」です。これについては憶測ではなく、メッシ本人がテレビ番組ではっきりと語っています。

本人のコメントは「ゼロから始めるため」

金髪公開から少し経った2016年9月、メッシはアルゼンチンのテレビ番組で髪色を変えた理由を問われ、次のような趣旨の説明をしました。

ゼロから始めるために変えた。自分の身に多くの混乱が起きたから、「これを断ち切って、もう一度スタートするんだ」と自分自身に言い聞かせたんだ。

ファッションでもなく、験担ぎでもなく、「ゼロからのやり直し」の宣言。髪色を変えるという目に見える行動によって、過去の自分と区切りをつけようとしたわけです。では、メッシの言う「多くの混乱」とは何だったのでしょうか。

背景にあった2016年前半の苦しい出来事

2016年前半のメッシは、キャリアで最悪と言ってよいほど苦しい状況にありました。当時報じられた主な出来事を整理すると、次のようになります。

出来事 内容
コパ・アメリカ決勝での敗戦 2016年6月、コパ・アメリカ・センテナリオ決勝でチリにPK戦の末に敗れる。メッシ自身もPKを失敗した
代表引退の表明 決勝敗戦の直後、「代表チームは僕にとって終わった」とアルゼンチン代表からの引退を口にした
税金をめぐる問題 スペインで肖像権収入に関する脱税問題を問われ、2016年に有罪判決を受けた

とりわけ大きかったのが、2016年6月のコパ・アメリカ・センテナリオ決勝です。宿敵チリとの一戦は決着がつかずPK戦にもつれ込み、メッシは自らのキックを失敗。チームはそのまま敗れ、優勝トロフィーはまたも手からすり抜けていきました。世界最高の選手と呼ばれながら、母国に栄冠をもたらせない。その重圧が限界を超えた瞬間、メッシの口から出たのが代表引退の言葉でした。

大会の決勝で自らPKを外して敗れ、その場で代表引退を宣言し、ピッチの外では裁判を抱える。これだけの出来事が数週間のうちに重なれば、「すべてを断ち切ってやり直したい」という言葉にも重みを感じられるのではないでしょうか。金髪は思いつきの奇行ではなく、追い詰められた人間が自分を立て直すために選んだ、目に見える形の区切りだったわけです。

私たちの身近な例に置き換えると、大きな失恋や仕事の挫折のあとに髪をばっさり切る、という行動に近いかもしれません。世界最高のフットボーラーであっても、人生の節目に「見た目を変えることで気持ちを切り替える」という、きわめて人間らしい方法を選んだ。そう考えると、あの金髪が少し違って見えてきます。

「またしても決勝で敗れた」という文脈

さらに背景を深掘りすると、2016年の敗戦が特別に重かった理由が見えてきます。アルゼンチン代表のメッシは、2014年のワールドカップ決勝、2015年のコパ・アメリカ決勝と、大きな大会の決勝で立て続けに敗れていました。2016年のコパ・アメリカ・センテナリオはその流れを断ち切る絶好の機会でしたが、結果はまたも決勝での敗戦。母国からは「代表では勝てない」という厳しい批判も浴びていました。

クラブでは勝ち続けているのに、母国のユニフォームを着ると栄冠に手が届かない。その繰り返しの果てに飛び出したのが引退宣言であり、金髪はその直接の延長線上にある行動でした。「金髪=心機一転の儀式」という見方は、こうした文脈を踏まえるとしっくりきます。

当時のバルセロナでのメッシは、ネイマール、スアレスと組む攻撃陣の中心として得点を量産し、タイトルも重ねていました。つまり「クラブのメッシ」と「代表のメッシ」の間には、はっきりとした明暗があったのです。金髪という選択には、うまくいっていない「代表のメッシ」を一度リセットしたい、という切実さがにじんでいたと見ることができます。

時系列で整理する「金髪前後」のメッシ

ここまでの流れを、時系列の表で一気に整理しておきます。金髪の意味を理解するうえで、この並び順がもっとも重要なポイントです。

時期 出来事
2016年6月 コパ・アメリカ・センテナリオ決勝でチリに敗戦。試合直後に代表引退を表明
2016年7月下旬 金髪姿がSNSで公開され、イングランドでのバルセロナ合宿にも金髪で登場
2016年8月 アルゼンチン代表への復帰を決断し、引退を撤回
2016年9月1日 ワールドカップ予選ウルグアイ戦で代表復帰。決勝ゴールを挙げチームを1-0の勝利に導く
2016年9月 テレビ番組で金髪の理由を「ゼロから始めるため」と説明

こうして並べると、金髪が「引退宣言」と「代表復帰」のちょうど間に位置していることがわかります。どん底で髪を染め、染めた姿のまま代表に戻り、復帰戦で決勝点を決める。まるで一本の映画のような流れが、2016年のわずか3か月ほどの間に起きていたのです。

補足しておくと、当時のメッシはすでにバロンドール(世界年間最優秀選手)を5回受賞していた、押しも押されもせぬ世界最高の選手でした。その選手が29歳という充実期に代表引退を口にしたのですから、アルゼンチン国内の衝撃は相当なものでした。金髪の公開は、そんな騒然とした空気のさなかの出来事だったことも、あわせて覚えておきたいポイントです。

金髪メッシへの世間の反応は賛否両論

それでは、あの金髪は世間にどう受け止められたのでしょうか。当時の報道を確認すると、反応ははっきりと賛否が分かれていました。

好意的な声

まず好意的な側では、「かっこいい」「意外に似合っている」といった声が多く見られたと報じられています。もともと整った顔立ちに加え、当時はヒゲをたくわえてワイルドな雰囲気に変わりつつあった時期でもあり、金髪との組み合わせを新鮮に感じたファンは少なくなかったようです。心機一転という背景が伝わってからは、「メッシなりの決意表明」として前向きに受け止める見方も広がりました。

興味深いのは、時間が経つほど金髪期の評価が上がっていったことです。当初は驚きが先行していたものの、代表復帰から復活劇へと物語が進むにつれて、「あの金髪はターニングポイントだった」と振り返る文脈で語られることが増えていきました。海外メディアがメッシの髪型の変遷を特集する際にも、金髪期は必ず取り上げられる定番の一枚になっています。

戸惑いや批判的な声

一方で、「なぜ染めたのか」という戸惑いの声や、タトゥーの入った腕や脚との組み合わせから「まるでマフィアのようだ」といった辛口の反応も出ていたと伝えられています。長年、飾らない黒髪のイメージで親しまれてきた選手だけに、ギャップの大きさがそのまま驚きと戸惑いにつながった格好です。

ただ、こうした賛否の激しさ自体が、当時のメッシへの注目度の高さの裏返しでもありました。世界最高の選手の髪色ひとつが国際ニュースになる。その事実こそが、メッシという存在の大きさを物語っています。

日本のファンの間でも大きな話題に

この話題は日本でも広く報じられ、サッカーファンの間では「引退宣言の直後だけに心境の変化では」と背景を推し量る見方と、純粋に見た目の変化を面白がる反応の両方が見られました。ふだん海外サッカーを追いかけていない層にまでニュースが届いたという意味で、金髪は2016年のメッシ関連の話題の中でも特に「間口の広い」出来事だったと言えます。

あとから振り返ると、この「誰もが知る話題になった」こと自体に意味があったのかもしれません。引退宣言で世界中に広がった悲観的なムードを、金髪という強烈なビジュアルが一度上書きした。結果的にメッシをめぐる話題の空気が「終わり」から「変化」へと切り替わっていったからです。

金髪時代の復帰戦と、その後の「復活劇」

金髪をめぐる物語の本当の見どころは、実は染めた後にあります。「ゼロから始める」という言葉が、口だけで終わらなかったからです。

復帰戦でいきなり決勝ゴール

2016年8月に代表引退を撤回したメッシは、9月1日のワールドカップ南米予選ウルグアイ戦で代表に戻ってきました。引退撤回にあたっては、新たに就任した代表監督との対話や、国中から寄せられた「戻ってきてほしい」という声が後押しになったと伝えられています。アルゼンチンでは著名人やファンが公然と復帰を呼びかけるムーブメントまで起きており、メッシがどれほど国民に必要とされていたかを物語る出来事でした。

そして迎えた復帰戦。メッシは前半に左足のシュートを突き刺して決勝ゴールを記録し、チームを1-0の勝利に導きます。試合後には、引退撤回について「みんなの声援と愛に感謝している。国中の人々の愛情によって、代表に残ることが良いと思った」という趣旨のコメントを残しました。

どん底からの再出発を誓って髪を染め、戻ってきた初戦で結果を出す。金髪はこの瞬間、「迷走の象徴」ではなく「再出発の象徴」に変わったと言ってよいでしょう。

「ゼロからの再出発」はやがて世界一へつながった

金髪自体は長く続いたわけではなく、やがてメッシはトレードマークのダークな髪色に戻ります。しかし「ゼロから始める」と誓った代表でのキャリアは、そこから着実に実を結んでいきました。

アルゼンチン代表は2021年のコパ・アメリカでブラジルを破って優勝し、メッシは代表での初の主要タイトルをついに手にします。決勝で敗れ続けた選手が、ついにマラカナンの地で歓喜の輪の中心に立った瞬間でした。さらに2022年のワールドカップ・カタール大会では、キャプテンとしてチームを36年ぶりの頂点に導き、自身も大会最優秀選手に選ばれています。2016年にあのまま代表を去っていたら、決して訪れなかった景色です。

ここで一度、2016年の金髪期と、その後の到達点を並べて見てみましょう。

項目 金髪期(2016年) その後の到達点
代表での立場 決勝敗戦の責任を背負い、引退を宣言 キャプテンとして代表を世界一に導く
代表タイトル 主要タイトルなし。決勝敗戦が続く 2021年コパ・アメリカ、2022年ワールドカップを制覇
心境 「多くの混乱」を断ち切りたいと語る 母国の英雄として悲願を達成

この対比を知ったうえで金髪期の写真を見ると、そこに写っているのは「迷走中のスター」ではなく、「どん底で再起を期す挑戦者」であることがわかります。結果を知っている私たちだからこそ味わえる見方です。

こうして振り返ると、2016年の金髪は「挫折の底で自分を立て直すための区切り」であり、のちの世界一から逆算すれば、キャリアの折り返し地点に立てられた旗のような存在だったと言えます。単なるヘアカラーの話題として消費するには、あまりにも物語性の強い金髪でした。

メッシの髪型変遷と金髪の位置づけ

最後に、キャリア全体の髪型の流れの中で、金髪がどのような位置にあるのかを見ておきましょう。

キャリアを通じた髪型の変化

時期 スタイル 特徴
バルセロナでのデビュー期〜2011年頃 黒髪の長髪 耳が隠れるほどのロングヘア。少年らしい素朴な印象で「長髪のメッシ」として記憶するファンも多い
2011年頃〜2016年 黒髪の短髪 すっきりとしたショートスタイルに移行。プレースタイルの円熟とともに大人びた印象に
2016年 金髪+ヒゲ キャリアでもっとも大胆なカラーチェンジ。心機一転の象徴として世界的な話題になった
金髪期以降 ダークカラーの短髪+ヒゲ 落ち着いた髪色に戻り、ヒゲとあわせた風格あるスタイルが長く定番となっている

表を見るとわかるとおり、メッシの髪型の歴史はおおむね「長髪から短髪へ」というシンプルな流れで、その中で2016年の金髪だけが突出した例外になっています。だからこそ、あの一時期の姿は何年経っても「メッシの金髪」として検索され続けているのでしょう。

ちなみに、金髪期のメッシは「明るいブロンドの短髪に、しっかりとしたヒゲ」という組み合わせでした。髪だけを見れば大胆ですが、ヒゲが顔立ちを引き締めていたため、全体としては意外なほどまとまって見えたのも特徴です。理容室やヘアカタログの世界で「メッシの金髪スタイル」が参考例として紹介されることがあるのは、単に有名だからではなく、スタイルとして成立していたからでもあります。

その後のメッシはインテル・マイアミでプレー

金髪時代から時は流れ、メッシは2021年にバルセロナを離れてパリ・サンジェルマンへ移籍し、2023年からはアメリカのMLSに所属するインテル・マイアミでプレーしています。2025年10月にはインテル・マイアミとの契約を2028年まで延長したことが発表され、キャリアの晩年もアメリカの地で戦い続けることになりました。契約延長の発表に際して、メッシ本人は「本当に嬉しく思っている」と喜びを語ったと報じられています。

金髪だった29歳のメッシは、代表引退の淵に立つ悩める天才でした。そこから10年近くが経ち、代表では世界一を経験し、新天地アメリカでなお第一線に立ち続けている。2016年の「ゼロからのスタート」は、結果として、キャリア後半の輝きへの助走だったことになります。

金髪メッシの写真や映像は「いつのものか」を見分けられる

ここからは少し実用的な視点です。SNSやまとめ記事で金髪のメッシの写真を見かけたとき、それがいつ頃のものかは、実はかなり正確に絞り込めます。金髪だった期間が2016年を中心とした短い時期に限られているからです。

ユニフォームと組み合わせれば時期がわかる

見分け方はシンプルで、着ているユニフォームに注目します。金髪でバルセロナのユニフォームを着ていれば、2016年夏の合宿から2016-17シーズン序盤にかけての姿です。金髪でアルゼンチン代表の水色と白のストライプをまとっていれば、2016年9月の代表復帰以降に行われたワールドカップ予選前後の姿ということになります。

私服やプライベートショットの場合も、ヒゲの濃さがヒントになります。金髪期のメッシはしっかりとヒゲをたくわえていたため、「金髪で、あごヒゲが濃い」写真はほぼ確実に2016年のものと考えてよいでしょう。逆に、金髪でヒゲのない写真や、明らかに画質や体型の印象が違う写真を見かけたら、加工画像や別人の可能性を疑ったほうがよいかもしれません。

「金髪期」はメッシのキャリアの中でも記録的に短い

キャリア20年以上におよぶメッシの歴史の中で、金髪だった期間はごく一部にすぎません。それでも金髪時代のメッシが長く検索され続けているのは、その短い期間に、引退宣言、復帰、復活弾という濃密なドラマが詰め込まれているからです。写真1枚から時期と背景を特定できる選手というのはそう多くありません。金髪のメッシは、いわばキャリアの節目を写した「日付入りの記念写真」のような存在なのです。

金髪で「ゼロから」を誓った2016年のメッシを知っていると、その後の歩みの一つひとつが、より味わい深く見えてくるはずです。

よくある質問

メッシが金髪にしたのはいつですか?

Q. 金髪姿が公開された正確な時期を知りたいです。

A. 2016年7月下旬です。のちに妻となるアントネラ・ロクソさんのSNS投稿で最初に広まり、ほぼ同時期に行われたバルセロナのイングランド合宿にも金髪姿で登場しました。コパ・アメリカ決勝での敗戦と代表引退宣言から約1か月後というタイミングでした。

メッシはなぜ金髪に染めたのですか?

Q. イメチェンの理由は本人が説明しているのでしょうか。

A. はい。メッシ本人が2016年9月にテレビ番組で「ゼロから始めるために変えた。多くの混乱が起きたから、断ち切って再スタートしようと自分に言い聞かせた」という趣旨の説明をしています。コパ・アメリカ決勝での敗戦、代表引退宣言、税金をめぐる問題などが重なった時期であり、心機一転の意味を込めた行動でした。

メッシの金髪はいつまで続きましたか?

Q. 金髪をやめた時期は公表されていますか。

A. 「この日に戻した」という明確な発表や報道はありません。金髪姿は2016年を中心に見られ、その後は再び染め直すことなく、トレードマークであるダークカラーの短髪に戻っています。2021年のコパ・アメリカ優勝時も、2022年のワールドカップ優勝時も落ち着いた髪色のままで、キャリアを通じてあれほど大胆なカラーチェンジをしたのはこの時期だけです。

金髪のメッシに対する評判はどうでしたか?

Q. ファンやメディアの反応が気になります。

A. 賛否両論でした。「かっこいい」「意外に似合う」という好意的な声がある一方、「なぜ染めたのか」という戸惑いや、タトゥーとあいまって「マフィアのようだ」という辛口の反応も報じられています。ただし理由が明かされ、代表復帰から復活劇へと物語が進むにつれて、「あの金髪は転機の象徴だった」と好意的に振り返られることが多くなりました。時間の経過とともに評価が上がっていった、珍しいイメージチェンジと言えます。

金髪だった頃と比べて、その後のメッシはどうなりましたか?

Q. 金髪時代のあとのキャリアを簡単に知りたいです。

A. 金髪で再出発を誓ったアルゼンチン代表では、2021年のコパ・アメリカと2022年のワールドカップを制し、悲願の主要タイトルを獲得しました。クラブではバルセロナ、パリ・サンジェルマンを経て、2023年からアメリカMLSのインテル・マイアミに所属しています。2025年10月には2028年までの契約延長が発表されており、金髪時代の苦悩がうそのように、充実したキャリア後半を歩んでいます。

まとめ

メッシの金髪について、時期・理由・反応・その後をまとめると次のようになります。

この記事のポイント

  • 金髪姿が公開されたのは2016年7月下旬で、SNS投稿とバルセロナのイングランド合宿がお披露目の場になった
  • 理由は本人いわく「ゼロから始めるため」。コパ・アメリカ決勝での敗戦と代表引退宣言、税金問題が重なった時期の、心機一転の行動だった
  • 世間の反応は「かっこいい」「似合う」と「なぜ」「マフィアのよう」に分かれる賛否両論だった
  • 金髪のまま代表引退を撤回し、2016年9月の復帰戦ウルグアイ戦で決勝ゴールを記録した
  • 再出発を誓った代表ではのちに2021年コパ・アメリカ、2022年ワールドカップを制覇。金髪は復活劇の出発点となった

髪色ひとつの話題に見えて、その裏には挫折と決意、そして世界一までつながる長い物語がありました。スポーツ選手のイメージチェンジは数あれど、これほど明確に「物語の転換点」と重なった例はめったにありません。

金髪のメッシの写真を今度見かけたときには、「これは彼がどん底からゼロに戻って、もう一度歩き出した瞬間の姿だ」と思い出してみてください。ただのイメチェン写真だった一枚が、世界一へ続く物語の1ページ目として、まったく違って見えてくるはずです。