日本代表のアジアカップ成績一覧!優勝4回の名場面と2023年イラン戦の敗因

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こんな疑問を持つ方へ
  • 日本代表のアジアカップの成績を、大会ごとに一覧で見たい
  • 1992年の初優勝、2004年ヨルダン戦のPK戦、2011年の李忠成のボレーを振り返りたい
  • 2023年大会はなぜイランに負けた?守田英正の発言は何だった?

日本代表のアジアカップの成績は、10回出場して優勝4回・準優勝1回です。優勝4回は参加国の中で最多ですが、最後の優勝は2011年で、その後の3大会はいずれも中東の国に敗れて終わっています。

この記事では、初出場の1988年から2023年大会(2024年開催)までの全53試合をもとに、大会ごとの成績と名場面をまとめます。フットボール戦士が独自に計算した各国の強さ(レーティング)から、「負けた試合はどれだけ番狂わせだったのか」も数字で見ていきます。

日本代表のアジアカップ成績一覧(1988〜2023年・10大会)

日本代表のアジアカップ成績(10大会)1988年カタール横山謙三グループ敗退1992年日本オフト優勝1996年UAE加茂周ベスト82000年レバノントルシエ優勝2004年中国ジーコ優勝2007年東南アジア4か国オシム4位2011年カタールザッケローニ優勝2015年オーストラリアアギーレベスト82019年UAE森保一準優勝2023年カタール森保一ベスト8GS8強4強決勝優勝2023年大会は2024年1〜2月に開催。1988年は大学生中心のチーム
日本代表のアジアカップ成績(英語版Wikipedia・JFA公式「アジアカップヒストリー」をもとにフットボール戦士が作図)

日本がアジアカップの本大会に初めて出たのは1988年のカタール大会です。このときは国内の日程を優先し、大学生が中心のチームを送ったため、1勝もできずに敗退しました。1992年の地元・広島大会からは10大会続けて出場しています。

大会開催国監督成績勝敗得失点
1988年カタール横山謙三グループ敗退0勝1分3敗0-6
1992年日本オフト優勝3勝2分0敗6-3
1996年UAE加茂周ベスト83勝0分1敗7-3
2000年レバノントルシエ優勝5勝1分0敗21-6
2004年中国ジーコ優勝4勝2分0敗13-6
2007年東南アジア4か国オシム4位2勝3分1敗11-7
2011年カタールザッケローニ優勝4勝2分0敗14-6
2015年オーストラリアアギーレベスト83勝1分0敗8-1
2019年UAE森保一準優勝6勝0分1敗12-6
2023年カタール森保一ベスト83勝0分2敗12-8

※PK戦は引き分けとして数えています。2023年大会は2024年1〜2月に開かれました。2007年はインドネシア・マレーシア・タイ・ベトナムの共同開催です。

フットボール戦士の集計では、10大会の通算は53試合33勝12分8敗、104得点52失点です。1992年以降に限ると49試合で負けは5つしかなく、グループステージで敗退したのは初出場の1988年だけでした。

1大会の最多得点は2000年の21点、最多失点は2023年大会の8点です。2023年大会は5試合すべてで失点しており、守備の不安定さが数字にも出ています。

優勝回数は4回で最多、決勝は4勝1敗

決勝は4勝1敗、PK戦は3勝2敗決勝(5回)1992年サウジアラビア1-0勝ち2000年サウジアラビア1-0勝ち2004年中国3-1勝ち2011年オーストラリア1-0(延長)勝ち2019年カタール1-3負けPK戦(5回)2004年ヨルダン(準々決勝)4-3勝ち2007年オーストラリア(準々決勝)4-3勝ち2007年韓国(3位決定戦)5-6負け2011年韓国(準決勝)3-0勝ち2015年UAE(準々決勝)4-5負けPK戦のスコアは日本-相手。試合の勝敗は引き分けとして数える
日本の決勝とPK戦の結果(英語版Wikipedia・JFA公式をもとにフットボール戦士が作図)

日本の優勝は1992年・2000年・2004年・2011年の4回で、参加国の中で最も多い回数です。サウジアラビアとイランが3回で続きます。決勝には5回進み、負けたのは2019年のカタール戦だけです。

延長でも決着がつかずPK戦になった試合は5回あり、3勝2敗でした。2004年ヨルダン戦と2011年韓国戦はPK戦を制して優勝につなげ、2015年のUAE戦はPK戦で敗れてベスト8で終わっています。

1992年広島大会:地元で初優勝

AFCアジアカップ公式チャンネル「Best Goals: AFC Asian Cup Japan 1992」(2014年8月公開)。1992年日本大会のゴール集

日本が初めてアジアの頂点に立ったのは、1992年に広島などで開かれた大会です。監督はオランダ人のハンス・オフトで、翌1993年にJリーグの開幕を控えていました。いまの日本代表監督の森保一も、選手としてこの大会の優勝メンバーに入っています。

グループリーグの最終戦イラン戦は、三浦知良(カズ)が終盤に決勝点を決めて1-0で勝ちました。試合後のカズの「魂込めました、足に」という言葉はよく知られています。準決勝で中国を3-2で破り、決勝ではサウジアラビアに高木琢也のゴールで1-0と勝ちました(JFA公式)。

2000年・2004年の連覇とヨルダン戦のPK戦

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2000年のレバノン大会は、トルシエ監督のもとで6試合21得点と圧倒しました。決勝は中村俊輔のフリーキックから望月重良が決め、サウジアラビアに1-0で勝って2度目の優勝です。

続く2004年の中国大会は、ジーコ監督のもとで連覇しました。この大会で語り継がれているのが、7月31日に重慶で行われた準々決勝ヨルダン戦のPK戦です。なお「アジアカップ ヨルダン PK」で検索すると2026年のU-23の試合の記事も出てきますが、ここで扱うのは2004年のA代表の試合です。

2004年 ヨルダン戦のPK戦(4-3)日本(先攻)ヨルダン1中村俊輔×アブ・ゼマ○2三都主×アワダト○3福西崇史○アケル○4中田浩二○シュブール×5鈴木隆行○イブラヒム×6中澤佑二×ズブーン×7宮本恒靖○バニ・ヤシン×点線=ヨルダンの2人目からゴールを変えた(宮本が主審に申し入れ)1-3とされてから、ヨルダンは4人続けて失敗。川口能活が2本を止めた
2004年アジアカップ準々決勝 日本×ヨルダンのPK戦(英語版Wikipedia・JFA公式・サッカーキングをもとにフットボール戦士が作図)

PKを蹴る場所の芝がはがれて足場が悪く、日本は1人目の中村俊輔と2人目の三都主アレサンドロが続けて外しました。ここで主将の宮本恒靖が主審に「このままでは公平ではない」と伝え、ゴールを反対側に変えることが認められました(JFA公式)。

日本は1-3とされましたが、そこからヨルダンが4人続けて失敗し、川口能活も2本を止めました。最後は7人目の宮本が決めて4-3で勝っています。決勝は北京で中国に3-1で勝ちましたが、観客の激しいブーイングの中での試合でした。

2011年カタール大会:李忠成の延長ボレーで4度目の優勝

AFCアジアカップ公式チャンネル「Australia vs Japan: AFC Asian Cup 2011 Final Highlights」(2014年2月公開)。2011年大会決勝のハイライト

2011年大会の決勝はオーストラリアとの対戦で、0-0のまま延長に入りました。延長前半の98分に前田遼一と代わって入った李忠成が、109分に長友佑都の左からのクロスを左足のボレーで決め、1-0で勝ちました。出場してから11分後のゴールです。

この大会の日本は苦しい試合を勝ち抜きました。準々決勝の開催国カタール戦は吉田麻也が退場して10人になりながら3-2で逆転し、準決勝の韓国戦は2-2からPK戦を3-0で制しています。PK戦では川島永嗣が2本続けて止めました。大会MVPは本田圭佑でした(JFA公式)。

優勝できなかった大会:2007年・2015年・2019年

AFCアジアカップ公式チャンネル「QF4: Japan vs UAE – Penalty Shootout: AFC Asian Cup Australia 2015」(2015年1月公開)。2015年大会準々決勝UAE戦のPK戦

2007年大会はオシム監督のもとで4位でした。準々決勝でオーストラリアをPK戦で破りましたが、準決勝でサウジアラビアに2-3で敗れ、3位決定戦も韓国にPK戦の5-6で負けています。高原直泰は4点を決めて大会の得点王になりました(JFA公式)。

2015年大会はグループリーグを3連勝で突破したものの、準々決勝のUAE戦は1-1からのPK戦で4-5と敗れました。本田圭佑と香川真司がPKを外しています。2019年大会は森保監督の初めての大会で、決勝まで6連勝しましたが、カタールに1-3で敗れました。

2023年大会はなぜ負けた?イラク戦・イラン戦と守田英正の発言

アジアカップで負けた8試合試合前の「日本が勝つ見込み」(高い順)2024年 イラク 1-22023年大会GS83%1996年 クウェート 0-2準々決勝71%2019年 カタール 1-3決勝65%2024年 イラン 1-22023年大会準々決勝61%2007年 サウジアラビア 2-3準決勝58%1988年 UAE 0-1GS51%1988年 カタール 0-3GS39%1988年 韓国 0-2GS37%50%フットボール戦士レーティングで計算
日本がアジアカップで負けた8試合と、試合前の「日本が勝つ見込み」(フットボール戦士レーティング=全国際Aマッチの結果から独自に計算した強さの指標。FIFAランキングとは別物)

2023年のカタール大会は、2024年1月12日から2月10日に開かれました。日本は優勝候補と言われていましたが、グループリーグでイラクに1-2で敗れ、準々決勝でもイランに1-2で敗れてベスト8で終わりました。

フットボール戦士レーティングで計算すると、試合前の日本の勝つ見込みはイラク戦が83%、イラン戦が61%でした。日本がアジアカップで負けた8試合のうち、イラク戦は最も勝つ見込みが高かった試合です。それまでの最高だった1996年のクウェート戦(71%)を大きく上回る番狂わせでした。

イラン戦の失点とPKの経緯

DAZN Japan「イラン×日本|ハイライト」(2024年2月公開)。2023年大会準々決勝

2024年2月3日のイラン戦は、28分に守田英正が先制しました。しかし55分に最終ラインの裏を取られて同点にされ、後半のアディショナルタイムには、ロングボールの処理で板倉滉と冨安健洋の連係が合わず、板倉のファウルでPKを与えます。90+6分にこれを決められ、1-2で敗れました(JFA公式)。

森保監督は試合後、交代のカードをうまく切れなかったと話し、セットプレーやこぼれ球への対応を課題に挙げました。選手や解説者からも、ロングボールとこぼれ球への弱さを指摘する声が多く出ています。大会中には伊東純也がチームを離れており、三笘薫もけが明けで途中出場の2試合だけでした。

守田英正の発言は何だった?

DAZN Japan「【試合後インタビュー】守田英正」(2024年2月公開)。イラン戦の後のインタビュー

「守田 発言」と検索されるのは、イラン戦の直後に守田英正が取材で話した内容です。守田は、試合中に自分たちで考えすぎて「パンク」してしまったと振り返り、外からのアドバイスやチームとして徹底することを、もっと示してほしいという趣旨を話しました(ゲキサカ)。

この発言は監督批判だとしてネットで広まりました。ただ、同じ取材で守田は自分の責任も認めています。2月29日に公開されたNumberのインタビューでは、特定の誰かへの批判ではなくチームへの提案だったと説明しました。

守田は2026年5月に発表された北中米W杯のメンバーに選ばれず、SNSではこの発言と結びつける声もありました。ただし、それを裏づける報道はありません。

よくある質問

Q1. 日本はアジアカップで何回優勝している?

A. 1992年・2000年・2004年・2011年の4回で、参加国の中で最多です。準優勝は2019年の1回です。

Q2. 2023年大会の日本の成績は?

A. 2024年1〜2月に開かれ、5試合3勝2敗でベスト8でした。グループリーグでイラクに、準々決勝でイランに、どちらも1-2で敗れています。

Q3. アジアカップでイランに負けたのは初めて?

A. はい。アジアカップでのイランとの対戦は5試合で2勝2分1敗で、2023年大会の準々決勝が初めての負けでした。

Q4. 2004年ヨルダン戦のPK戦では何があった?

A. 足場が悪く日本は最初の2人が外しましたが、宮本恒靖の申し入れでゴールを変えたあと、ヨルダンが4人続けて失敗し、4-3で勝ちました。

Q5. 次のアジアカップはいつ?

A. 2027年1月にサウジアラビアで開かれます。日本はF組で、カタール・タイ・インドネシアと同じ組です。

まとめ:日本代表のアジアカップ成績

  • 10回出場して優勝4回・準優勝1回。優勝4回は参加国で最多
  • 通算53試合33勝12分8敗。決勝は4勝1敗、PK戦は3勝2敗
  • 名場面は1992年の初優勝、2004年ヨルダン戦のPK戦、2011年決勝の李忠成のボレー
  • 最後の優勝は2011年。その後の3大会はUAE・カタール・イランに敗れた
  • 2023年大会のイラク戦は勝つ見込み83%からの負けで、アジアカップで日本が喫した一番の番狂わせ

2027年大会で優勝すれば、2011年以来16年ぶりの優勝になります。日程や組み合わせは下の記事でまとめています。

※この記事の情報は2026年10月5日時点のものです。試合結果は英語版Wikipediaの各大会ページとJFA公式「アジアカップヒストリー」を突き合わせ、勝つ見込みはフットボール戦士レーティングで計算しました。