- 小川航基の嫁(妻)はどんな人?名前は「まなみ」さん?モデルって本当?
- 結婚はいつ?妻との馴れ初めは?子供は何人いるの?
- 小川航基の父親や兄弟はどんな人?
小川航基の嫁(妻)は、2021年12月31日に本人がインスタグラムで入籍を報告した「一般の方」です。文春オンライン(2026年6月28日)は名前を「まなみさん」と伝えていますが、年齢や職業は本人たちから公表されていません。2人の間には子どもが2人いると報じられています。この記事では、小川本人の発言と大手メディアの報道で確かめられることだけを、妻・結婚・子ども・父と兄の順に整理します。
小川航基の嫁(妻)はどんな人?本人は「一般の方」と報告
小川航基が結婚を報告したとき、相手については「一般の方」とだけ書いていました。本人たちは、妻のプロフィールを明かしていません。
妻の名前が報道に出たのは、W杯期間中の2026年6月28日です。文春オンラインが小川の歩みを紹介した記事の中で、妻を「まなみさん」と下の名前で書きました。この記事でも、報道に出ている下の名前だけを使います。
「元モデル」「年齢」は公表されていない
「小川航基 嫁 モデル」「嫁 何者」と調べると、「元モデル」「舞台女優」と書いたブログがたくさん見つかります。しかし、小川本人の発表や大手メディアの報道の中に、妻の職業を伝えたものは見つかりませんでした。
年齢や生年月日、出身地、名字も同じで、2026年9月時点で公表されていません。ネットに出回っている数字には出どころが書かれていないため、この記事では取り上げません。なお、小川本人は1997年8月8日生まれで、結婚を報告したときは24歳でした。
妻の人柄が分かるのは、小川自身の言葉からです。文春オンラインによると、小川は「家族が一番大事。妻にはいつも感謝している」と話しています。
小川航基の結婚はいつ?2021年12月31日にインスタで報告
小川航基が結婚を発表したのは、2021年の大みそか、12月31日の夜です。自身のインスタグラムに結婚指輪を着けた2人の手の写真を載せ、入籍を報告しました(FOOTBALL ZONE、ゲキサカ)。
報告の文面は「私事ではありますが、一般の方と入籍いたしました!」で始まります。続けて「本当に大切な人で、死ぬまで一緒にいたいと心から思える人です」とつづり、「家族を守っていけるように覚悟を持って頑張ります!」と結んでいました。
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発表の4日前の12月27日には、ジュビロ磐田から横浜FCへの完全移籍が発表されたばかりでした。磐田でのこの年のリーグ戦は24試合1得点に終わっており、新しいクラブへの移籍と結婚が、同じ年末に重なったことになります。
妻との馴れ初めは?食事会で出会い、次の食事で告白
馴れ初めを具体的に伝えているのは、文春オンラインの2026年6月28日の記事です。それによると、2人は数人が集まった食事会で出会いました。
その後、少し時間が空いてから連絡があり、食事に行きました。小川はその場で「付き合ってほしい」と伝えたといいます。記事の見出しでは「初デートで告白」とまとめられていました。
一方で、出会った時期や場所、食事会を開いた人、交際期間の長さは明かされていません。どちらから連絡したのかも、2026年9月時点では分かっていません。
小川航基の子供は何人?2人と報じられている
小川航基の子どもは2人です。文春オンラインは2026年6月、結婚後に「2人の子どもにも恵まれ」たと伝えています。子どもの名前や性別、生年月日は、本人から公表されていません。
1人目:J通算100試合のセレモニーで一緒に記念撮影
子どもの存在が伝えられたのは、2022年4月17日です。横浜FCのホーム、ニッパツ三ツ沢球技場でのベガルタ仙台戦の前に、小川のJリーグ通算100試合出場の記念セレモニーが行われました。
ゲキサカによると、小川は会場に来た妻から花束を受け取り、小さな子どもを抱いて3人で記念撮影をしました。この日の小川は、試合でも2得点を挙げて逆転勝利に貢献しました。
2人目:2024年、NECが第二子の誕生が近いと明かす
2人目の子どもについては、当時所属していたNECナイメヘンのテクニカルディレクターが触れています。2024年3月に小川の完全移籍を発表した際、「間もなく第二子が生まれる予定」なので、小川に先の見通しを示せるのは本人にとっても良いことだと話しました(GOAL)。
ネット上では子どもについてさまざまな噂も見られます。ただ、本人の発表や大手メディアの報道で確かめられないため、この記事では取り上げません。
結婚後の小川航基は?得点王からW杯、そして町田へ
Jリーグ公式チャンネル「【FC町田ゼルビア電撃加入】2026W杯日本代表・小川航基 加入記者会見ダイジェスト」(2026年8月27日公開)。
小川航基は2026年8月24日、オランダのNECナイメヘンからJ1のFC町田ゼルビアへの完全移籍が発表されました。3年ぶりのJリーグ復帰です。8月27日の加入会見では、「4年後を考えた時に一番ワールドカップに近い選択が町田だった」と移籍の理由を話しています(スポーツナビ)。
結婚した翌年にJ2得点王とMVP
文春オンラインは、結婚が小川にとって気持ちを入れ替えるきっかけのひとつになったと書いています。横浜FCに移った2022年、小川はJ2で41試合26得点を挙げて得点王になり、最優秀選手賞とベストイレブンもあわせて受賞しました(横浜FC公式)。
2023年7月にはオランダのNECナイメヘンへ期限付き移籍し、2024年3月に完全移籍しました。横浜FCの退団セレモニーでは、「次のW杯で点を取るのは僕です」とサポーターに約束しています(文春オンライン)。
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オランダ1年目は、デビュー戦から2試合連続ゴールを決め、2024年3月の時点で公式戦28試合12ゴール1アシストを記録していました(GOAL)。この活躍が、完全移籍につながりました。
初めてのW杯でヘディング、ゴールはお預け
2026年5月15日、小川は北中米W杯の日本代表メンバーに初めて選ばれました。5月31日の壮行試合アイスランド戦では、途中出場から決勝ゴールを決めています(NHK、JFA)。
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大会の初戦、オランダ戦(2-2)では後半に途中出場し、右コーナーキックに頭で合わせ、ボールが鎌田大地の頭をかすめて同点ゴールになりました。記録は鎌田の得点です(ゲキサカ、サッカーダイジェスト)。ただ、日本はラウンド32でブラジルに敗れ、小川自身のゴールは大会中には生まれませんでした。
キャリアのことは「妻にも話す」
大きな決断を一人でしないことも、小川は自分の言葉で語っています。2025年7月に公開されたFPメディアのインタビューでは、キャリアについて代理人に相談するだけでなく、妻にも「どう思う?」と話すと明かしました。
理由は「キャリアの話は自分だけの問題じゃなくて、家族や子供にも関わってくるので」。お金についても「家族ができたタイミングで感覚は変わりました」と話し、自分も妻も「同じところにずっと住み続けるのが苦手」なタイプだと笑っていました。
町田への移籍を決めるときも、「大きな決断をするためにいろんな人に相談しました」と話しています(スポーツナビ)。相談した相手が誰なのかは明かしていません。
小川航基の父親・兄弟は?3歳上の兄の影響でサッカーを始めた
小川航基は、3歳上の兄がいる次男です(神奈川新聞)。サッカーを始めたきっかけは兄で、本人は2019年のインタビューで「兄の姿を見て自分もやりたいと思ったのを覚えていますね」と話しています(サッカーダイジェストWeb)。
始めたのは幼稚園の年中のころで、地元の横浜港北SCに入りました。タウンニュース都筑区は、父と兄の影響だったと伝えています。兄の名前や仕事は公表されていません。
父親・母親について語られていること
父親の名前や職業は公表されていません。本人が語っているのは、両親との関わりです。岡崎慎司との対談(SYNCHRONOUS、2025年11月)では、小学校から中学校に上がるときの進路選びで、両親から「楽しいサッカーか、上を目指すのか」と問われた話をしています。
2021年に東京五輪のメンバーから外れたときは、周りに相談はせず、親に電話して「また頑張るよ」とだけ伝えたそうです(FPメディア)。悔しさより、前向きな気持ちを伝えたかったと振り返っています。
母親は、小川が高校3年で全国高校選手権に出たとき、神奈川新聞の取材を受けています。小学3、4年で太り始めたのを見て、揚げものをやめて和食中心にし、お菓子やジュースも買わなくなったそうです。高校時代は、練習から帰った息子に1日5食を用意して体づくりを支えました。
データで見る:結婚報告の日より「花束の日」が調べられた
「小川航基」が日本で調べられた量の推移(日本語版Wikipediaの閲覧数・1日平均を月ごとに集計。出典: Wikimedia Pageviews API/フットボール戦士が集計)
フットボール戦士は、日本語版Wikipediaの閲覧数を「日本でどれくらい調べられているか」の目安として集計しています。小川航基の記事が、結婚を報告した2021年12月31日に見られたのは648回でした。前日の221回の約3倍ですが、4日前の横浜FCへの移籍発表の日(2,774回)のほうが多く見られていました。
数字が大きく動いたのは、妻と子どもがピッチに登場した2022年4月17日(100試合のセレモニーと2得点の日)からの3日間です。1日3,638〜4,858回に増え、最も多かったのはゲキサカがセレモニーの動画への反響を伝えた4月19日の4,858回でした。結婚報告の日の約7.5倍にあたります。
これまでで最も見られた日は、W杯初戦のオランダ戦の直後にあたる2026年6月15日で、85,480回でした。町田への移籍が発表された2026年8月24日も19,868回でした。
※1日ごとの数字はWikimedia Pageviews APIの集計日(日本時間では午前9時で区切られます)です。
よくある質問
A. 小川本人は2021年12月31日の入籍報告で「一般の方」と紹介しています。文春オンラインは名前を「まなみさん」と報じていますが、「元モデル」などの職業は、本人の発表や大手メディアの報道では確認できませんでした。
A. 2026年9月時点で公表されていません。小川航基本人は1997年8月8日生まれで、結婚を報告したときは24歳でした。
A. 2021年12月31日に、自身のインスタグラムで入籍を報告しました。文春オンラインによると、2人は数人での食事会で出会い、その後に食事に行った場で小川が「付き合ってほしい」と伝えたそうです。
A. 2人と報じられています。2022年4月のJ通算100試合のセレモニーで子どもと記念撮影し、2024年3月にはNECが第二子の誕生が近いことを明かしました。名前や生年月日は公表されていません。
A. 3歳上の兄がいる次男で、兄と父の影響で幼稚園のころにサッカーを始めました。両親の名前や職業は公表されていません。
まとめ:小川航基の嫁は「一般の方」、家族を大事にする愛妻家
- 小川航基は2021年12月31日、インスタグラムで「一般の方」との入籍を報告した
- 妻の名前は「まなみさん」と報じられているが、年齢・職業・出身は公表されていない
- 馴れ初めは数人での食事会。その後の食事で小川が「付き合ってほしい」と伝えた
- 子どもは2人。1人目は2022年のセレモニーに登場し、2人目は2024年3月に所属クラブのNECが誕生が近いと明かした
- 3歳上の兄がいる次男で、兄と父の影響でサッカーを始めた
小川航基の妻については、ネット上にさまざまな話が出回っています。ただ、確かなのは本人の入籍報告と、「家族が一番大事。妻にはいつも感謝している」という言葉です。キャリアの決断も家族と話し合って決める小川が、町田でどんなゴールを見せるのか注目です。
※この記事の情報は2026年9月29日時点のものです。結婚は小川航基本人のインスタグラムの報告(FOOTBALL ZONE・ゲキサカの記事)、妻・子どもに関する内容は各メディアの報道(出どころを本文に記載)、閲覧数はWikimedia Pageviews APIのデータにもとづきます。
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