【2010年W杯】日本対パラグアイのPK戦は3-5!キッカーの順番と駒野のPK

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こんな疑問を持つ方へ
  • 日本対パラグアイのPK戦で外したのは誰?キッカーの順番は?
  • 駒野友一のPKはどうなった?本人は何と話し、今は何をしている?
  • 2010年南アフリカW杯のパラグアイ戦のスタメン、メンバー23人、視聴率は?

2010年南アフリカW杯の日本対パラグアイ(6月29日・決勝トーナメント1回戦)は、延長戦を含む120分を0-0で終え、PK戦3-5で日本が負けました。日本のキッカーは遠藤保仁、長谷部誠、駒野友一、本田圭佑の順で、外したのは3人目の駒野友一です。シュートはクロスバーに当たりました。

先に蹴ったパラグアイは5人全員が決め、初めてのベスト8に進みました。この記事では、FIFAの公式記録をもとにPK戦の順番と結果を確かめ、駒野選手のその後、試合の内容、スタメンとメンバー23人、視聴率までまとめます。

日本対パラグアイのPK戦は3-5!キッカーの順番と外したのは誰か

PK戦の順番と結果(先攻パラグアイ)パラグアイ日本スコア1バレト○1-0遠藤保仁○2バリオス○2-1長谷部誠○3リベロス○3-2駒野友一バーに当たる×4バルデス○4-2本田圭佑○5カルドソ○5-3(闘莉王の予定)順番が回らずパラグアイ 5-3 日本 → パラグアイがベスト8へ左のスコアは各キックの後の「パラグアイ-日本」。FIFA公式記録から作図
日本対パラグアイのPK戦の順番と結果(FIFA公式記録をもとにフットボール戦士が作図)

FIFAの公式記録(マッチレポート)では、PK戦はパラグアイが先攻、日本が後攻でした。日本は1人目の遠藤保仁、2人目の長谷部誠が決めましたが、3人目の駒野友一のシュートがクロスバーに当たって外れました。4人目の本田圭佑は決めたものの、パラグアイは5人目のオスカル・カルドソまで全員が成功し、5-3で決着しました。

順番パラグアイ(先攻)日本(後攻)スコア
1人目エドガル・バレト ○遠藤保仁 ○1-1
2人目ルーカス・バリオス ○長谷部誠 ○2-2
3人目クリスティアン・リベロス ○駒野友一 ×(バー)3-2
4人目ネルソン・バルデス ○本田圭佑 ○4-3
5人目オスカル・カルドソ ○(蹴らずに終了)5-3

※スコアは各組のキックが終わった時点の「パラグアイ-日本」。FIFA公式記録とJFAの「ワールドカップヒストリー」で確認。

日本の5人目は、田中マルクス闘莉王の予定でした。闘莉王は2019年の引退会見で、岡田武史監督に5人目を指名されていたと明かし、「外すなら、自分でもよかったんじゃないか」と話しています(サッカーマガジンWEB)。順番について岡田監督は、のちに「勘で決めた」と語ったと報じられています(フットボールチャンネル)。

延長戦の後にPK戦へ進む流れや、PK戦の基本的なルールは別の記事で解説しています。

駒野友一のPKはバーに当たった|本人の言葉とその後

FIFA公式チャンネル「Paraguay v Japan: Full Penalty Shoot-out | 2010 #FIFAWorldCup Round of 16」(2024年1月公開)。2010年6月29日のPK戦を全部見られる映像です。

駒野友一は、この大会の4試合すべてに右サイドバックで先発した選手です。PK戦では3人目を任され、シュートはクロスバーを叩きました。2017年のインタビューでは、指名されたときは「えっ、自分?」と驚いたこと、蹴った瞬間に少し上に行ったかなという感触があったことを振り返っています(フットボールチャンネル)。

帰国後の2010年7月のテレビ出演(日本テレビ「Going! Sports&News」)では、外した瞬間について「やってしまったなってことしか頭の中になかった」と話しました。試合後は松井大輔がずっと肩を組んでくれていたこと、ロッカールームで阿部勇樹や闘莉王に励まされたことも明かし、また蹴るように言われたら断らずに蹴りたい、とも答えています(Sports Watch 2010年7月)。

2025年10月の取材では、「自分1人だけが外して負けてしまった。責任はすごく大きかった」と振り返り、あれほど泣いたのは人生であのときだけだと話しています(東洋経済オンライン)。

駒野友一のその後(2026年10月時点)

年できごと
2010年W杯で4試合に先発。PK戦で3人目を外す(当時はジュビロ磐田)
2011〜2013年ザッケローニ監督のもとでも代表に選ばれ、2013年の東アジアカップでは主将
2014年W杯は予備登録までで、本大会のメンバーには入らず
2016〜2018年FC東京、アビスパ福岡でプレー
2019〜2022年FC今治(オーナーは2010年の監督・岡田武史)。2022年限りで引退
2023年〜古巣サンフレッチェ広島のスクールコーチ。2025年からはユースのコーチ

※サッカーキング、東洋経済オンライン、日本語版Wikipediaの経歴をもとに作成。

日本代表では78試合に出て1得点です(英語版Wikipediaの記録をもとにしたフットボール戦士の集計)。引退後は、自分が育った広島のアカデミーで子どもたちを教えています。

あのPKは、今も調べられています。フットボール戦士の集計(日本語版Wikipediaの閲覧数・2015年7月以降)では、駒野友一のページが最も見られたのは2022年12月3日の1日15,883回でした。日本がカタールW杯でスペインに勝ってベスト16進出を決め、12月5日のクロアチア戦を控えていた時期です。

2010年W杯(南アフリカ)の日本対パラグアイはどんな試合?120分0-0

2010年W杯ラウンド16 パラグアイ対日本パラグアイ日本0-0延長でも0-0PK戦 5-3日時2010年6月29日 16:00(日本時間23:00)会場ロフタス・ヴァースフェルド(プレトリア)観客36,742人主審フランク・デブレッケレ(ベルギー)試合のデータ(120分)シュート13本12本枠内シュート6本5本ボール保持58%42%パラグアイ日本FIFA公式のマッチレポートから作図
2010年W杯ラウンド16 パラグアイ対日本の試合データ(FIFA公式のマッチレポートをもとにフットボール戦士が作図)

試合は2010年6月29日の現地16時(日本時間23時)に、プレトリアのロフタス・ヴァースフェルド・スタジアムで始まりました。日本はグループEを2位、パラグアイはグループFを1位で勝ち上がっての対戦です。

前半22分には松井大輔のミドルシュートがクロスバーに当たり、40分には本田圭佑のシュートがわずかに枠を外れました。パラグアイもルーカス・バリオスのシュートを川島永嗣が止めるなど、どちらも決めきれません。後半はボールを持つ時間が長いパラグアイが押し込みましたが、日本はゴールを許さず、延長戦の30分も0-0のまま、PK戦に入りました。

FIFAの記録では、シュートはパラグアイ13本、日本12本とほぼ互角で、ボール保持率はパラグアイが58%でした。FIFAが選ぶこの試合の最優秀選手(マン・オブ・ザ・マッチ)は本田圭佑です。

ポイント:日本のベスト16は、2002年の日韓大会に続いて2回目でした。自国開催ではない大会で決勝トーナメントに進んだのは、この2010年が初めてです。パラグアイは準々決勝でスペインに0-1で負け、ベスト8で大会を終えました。

日本とパラグアイがW杯で戦ったのは、この1回だけです。フットボール戦士の集計では、国際Aマッチの対戦成績は12試合5勝5分2敗で、最近の対戦は2025年10月10日の親善試合(2-2・小川航基と上田綺世が得点)です。

パラグアイ戦のスタメンと交代(2010年6月29日)

日本のスタメン(4-1-4-1)攻める方向 ↑18本田圭佑16大久保嘉人106分 玉田7遠藤保仁17長谷部誠8松井大輔65分 岡崎2阿部勇樹81分 中村憲剛5長友佑都22中澤佑二4闘莉王3駒野友一21川島永嗣主将は長谷部誠。オレンジの文字は交代(分と入った選手)FIFA公式記録をもとに作図(位置はおおよそ)
2010年6月29日 パラグアイ戦の日本のスタメンと交代(FIFA公式記録をもとにフットボール戦士が作図)

岡田武史監督は、守備的MFの阿部勇樹をDFラインの前に置き、本田圭佑を1トップにした4-1-4-1で臨みました。大会の直前にこの形へ切り替え、グループリーグの3試合と同じ11人が先発しています。

背番号選手ポジション交代・警告
21川島永嗣GK-
3駒野友一右サイドバック-
4田中マルクス闘莉王センターバック-
22中澤佑二センターバック-
5長友佑都左サイドバック警告(72分)
2阿部勇樹守備的MF81分に中村憲剛と交代
17長谷部誠(主将)MF-
7遠藤保仁MF警告(113分)
8松井大輔右MF警告(58分)、65分に岡崎慎司と交代
16大久保嘉人左MF106分に玉田圭司と交代
18本田圭佑FW(1トップ)警告(90+3分)

※FIFA公式のマッチレポートより。交代で入ったのは岡崎慎司(9)、中村憲剛(14)、玉田圭司(11)の3人。

パラグアイはヘラルド・マルティーノ監督のチームで、GKのフスト・ビジャールが主将でした。PK戦で決めたバレト、バルデス、カルドソの3人は、いずれも途中出場の選手です。

なお、「日本 パラグアイ 2010 スタメン」で調べると、同じ年の9月4日の親善試合が出てくることがあります。こちらはW杯の後のキリンチャレンジカップで、日産スタジアムで香川真司のゴールにより日本が1-0で勝った別の試合です(監督は原博実代行)。

2010年W杯の日本代表メンバー23人と勝ち上がり

2010年W杯 日本代表の4試合6月14日カメルーン1-0勝ち本田圭佑6月19日オランダ0-1負け6月24日デンマーク3-1勝ち本田・遠藤・岡崎グループE 2位(2勝1敗)で決勝トーナメントへ6月29日パラグアイ0-0PK3-5ラウンド16スコアは日本-相手。FIFA公式記録から作図
2010年南アフリカW杯の日本代表の全4試合(FIFA公式記録をもとにフットボール戦士が作図)

2010年南アフリカW杯の日本代表は、カメルーンに1-0で勝ち、オランダに0-1で負け、デンマークに3-1で勝ってグループEを2位で通過しました。デンマーク戦では本田圭佑と遠藤保仁が直接フリーキックを決めています。メンバー23人は次のとおりです。

背番号選手位置所属(当時)
1楢崎正剛GK名古屋グランパス
21川島永嗣GK川崎フロンターレ
23川口能活GKジュビロ磐田
3駒野友一DFジュビロ磐田
4田中マルクス闘莉王DF名古屋グランパス
5長友佑都DFFC東京
6内田篤人DF鹿島アントラーズ
13岩政大樹DF鹿島アントラーズ
15今野泰幸DFFC東京
22中澤佑二DF横浜F・マリノス
2阿部勇樹MF浦和レッズ
7遠藤保仁MFガンバ大阪
8松井大輔MFグルノーブル(フランス)
10中村俊輔MF横浜F・マリノス
14中村憲剛MF川崎フロンターレ
17長谷部誠MFヴォルフスブルク(ドイツ)
18本田圭佑MFCSKAモスクワ(ロシア)
20稲本潤一MF川崎フロンターレ
9岡崎慎司FW清水エスパルス
11玉田圭司FW名古屋グランパス
12矢野貴章FWアルビレックス新潟
16大久保嘉人FWヴィッセル神戸
19森本貴幸FWカターニア(イタリア)

※位置と所属はJFAの発表に合わせた日本語版Wikipediaの登録メンバー表、背番号はFIFAの記録より。所属は大会開幕時点。

4試合で出場したのは23人中18人で、楢崎正剛、川口能活、内田篤人、岩政大樹、森本貴幸の5人は出番がありませんでした。フットボール戦士の集計では、このときの海外組は23人中4人(松井、長谷部、本田、森本)、平均年齢は28.2歳です。2026年大会では海外組が26人中23人になっており、16年で代表の顔ぶれは大きく変わりました。

日本対パラグアイの視聴率は57.3%(関東地区)

サッカー中継の歴代視聴率(関東地区)1位 2002年 日本×ロシア66.1%2位 2002年 決勝 ドイツ×ブラジル65.6%3位 1998年 日本×クロアチア60.9%4位 1998年 日本×アルゼンチン60.5%5位 2002年 日本×ベルギー58.8%6位 2010年 日本×パラグアイ57.3%7位 2006年 日本×クロアチア52.7%番組平均世帯視聴率。ビデオリサーチ調べ(1977年9月以降)
サッカー中継の歴代視聴率・関東地区(ビデオリサーチの公表データをもとにフットボール戦士が作図)

ビデオリサーチの調べでは、TBSが中継した「2010FIFAワールドカップ 日本×パラグアイ」(6月29日22時40分から150分)の番組平均世帯視聴率は、関東地区で57.3%でした。サッカー中継の歴代6位で、日本時間の深夜にもかかわらず多くの人が見ていたことが分かります。

関西地区は54.1%で、瞬間最高は関東が64.9%(23時46分)、関西が62.3%(23時41分)と、どちらも前半終了の直前でした(日本経済新聞)。日付が変わった30日1時10分からの50分間(延長戦の途中からPK戦にかけての時間)は、続きの枠として関東で53.5%でした(ビデオリサーチ)。57.3%は当時のTBSの番組で歴代最高で、2010年の年間1位の番組でもありました(オリコン)。

データで見る:日本代表はPK戦に弱い?W杯は2回とも負け

日本代表のW杯のPK戦は2回とも負け2010年 ラウンド16対パラグアイ(日本は後攻)3-5駒野友一が失敗2022年 ラウンド16対クロアチア(日本は先攻)1-33人が止められる日本のPK戦(通算)12回 5勝7敗W杯で先攻が勝った数39回中17回フットボール戦士の集計(国際Aマッチの公開データ・W杯の全記録)
日本代表のW杯のPK戦と通算成績(フットボール戦士の集計)

フットボール戦士の集計では、日本代表(男子A代表)が国際AマッチでPK戦をしたのは12回で、5勝7敗です。W杯では2010年のパラグアイ戦と2022年のクロアチア戦の2回で、どちらもベスト16で負けました。2010年は後攻、2022年は先攻だったので、蹴る順番に関係なく勝てていません。

「PK戦は先に蹴るほうが有利」とよく言われますが、W杯の全PK戦39回では先攻の勝ちは17回で、後攻のほうが多く勝っています。2010年は先攻のパラグアイが勝った試合でした。先攻・後攻の詳しいデータは、次の記事にまとめています。

よくある質問

Q1. 日本対パラグアイのPK戦で外したのは誰?

A. 3人目の駒野友一です。シュートがクロスバーに当たりました。日本の4人のうち、外したのは駒野選手だけで、パラグアイは5人全員が決めています。

Q2. PK戦のキッカーの順番は?

A. 日本は遠藤保仁、長谷部誠、駒野友一、本田圭佑の順で、5人目は田中マルクス闘莉王の予定でした。パラグアイはバレト、バリオス、リベロス、バルデス、カルドソの順です。

Q3. 試合はいつ、どこで行われた?

A. 2010年6月29日、南アフリカのプレトリア(ロフタス・ヴァースフェルド・スタジアム)です。キックオフは現地16時、日本時間23時でした。

Q4. 駒野友一は今何をしている?

A. 2022年限りで現役を引退し、2023年から古巣サンフレッチェ広島のスクールコーチになりました。2025年からはユースのコーチを務めていると報じられています。

Q5. パラグアイはその後どうなった?

A. 準々決勝でスペインに0-1で負け、ベスト8でした。W杯でのベスト8は、パラグアイにとって初めてでした。

まとめ:日本対パラグアイのPK戦は3-5、外したのは駒野友一

  • 2010年6月29日、南アフリカW杯の決勝トーナメント1回戦。120分0-0で、PK戦3-5で日本が敗退
  • 日本のキッカーは遠藤保仁、長谷部誠、駒野友一(バー)、本田圭佑の順。5人目は闘莉王の予定だった
  • スタメンは本田圭佑を1トップにした4-1-4-1。途中出場は岡崎慎司、中村憲剛、玉田圭司
  • 視聴率は関東地区で57.3%(ビデオリサーチ)。サッカー中継の歴代6位
  • 駒野友一は2022年に引退し、サンフレッチェ広島で指導者をしている

2010年のパラグアイ戦は、自国開催以外で初めてベスト16に進んだ日本が、あと一歩でベスト8を逃した試合でした。日本代表はその後もW杯のPK戦で勝てておらず、PK戦のたびにこの試合が思い出されています。

※この記事の情報は2026年10月10日時点のものです。試合の記録はFIFA公式のマッチレポート、視聴率はビデオリサーチの公表データによります。