- 韓国がワールドカップでベスト4になったのはいつ?どう勝ち上がった?
- なぜ韓国はベスト4まで行けたの?
- イタリア戦・スペイン戦の「誤審」は本当にあったの?
韓国がワールドカップでベスト4になったのは、自国で開いた2002年の日韓大会の1回だけです。ヒディンク監督のもとで約1年半かけてチームを作り、大声援のホームでイタリアとスペインを破りました。一方で、この2試合の判定は当時から強く批判され、今も議論が続いています。この記事では、2026年9月25日時点で確かめられた事実だけをもとに、勝ち上がりの記録、強くなった理由、判定をめぐる論争、その後の韓国代表までを整理します。
韓国のワールドカップベスト4は2002年の1回だけ
韓国は2002年大会で7試合を戦い、3勝2分2敗の4位でした。それまでワールドカップには5回出場していましたが、14試合で1勝もしていませんでした。初戦のポーランド戦が、韓国にとってワールドカップ初勝利です。
グループDの最終順位は、韓国が勝ち点7で1位、アメリカが4で2位でした。ポルトガルとポーランドは勝ち点3で敗退しています。最終戦のポルトガル戦は、ポルトガルに2人の退場者が出て、パク・チソンのゴールで韓国が勝ちました。
ヨーロッパと南北アメリカ以外のチームが準決勝に進んだのは、この韓国が初めてでした。アフリカ勢では2022年のモロッコが続きましたが、アジアのチームで準決勝まで進んだのは、2026年大会を終えた今も韓国だけです。
なぜベスト4まで行けた?ヒディンク監督の1年半
ベスト4の土台になったのは、オランダ人のフース・ヒディンク監督の準備です。韓国サッカー協会は2000年12月に就任を発表し、契約は大会が終わる2002年6月30日までの18か月でした。1998年大会でオランダを4位に導いた監督です。
就任してすぐに結果が出たわけではありません。2001年のコンフェデレーションズカップではフランスに0-5で負け、2002年1月の北中米ゴールドカップでも負けが続きました。BBCは2002年6月の記事で、この0-5の大敗が転機になったと書いています。
ヒディンク監督は大会前に代表をできるだけ長く集めるよう求め、選手は大会前の3か月をともに過ごしました。BBCによると、この期間に技術のある選手たちを走れる選手に鍛え直し、3-5-2の形を定着させています。大会前から体力づくりに力を入れていたことは、英語版Wikipediaでも米ニューヨーク・タイムズの記事をもとに紹介されています。
もう1つの後押しがホームの声援です。韓国は7試合すべてを韓国内のスタジアムで戦い、準決勝のソウルには6万5千人以上が集まりました。BBCは、イタリア戦の日に何百万人もの人が街に出て応援したと伝えています。フットボール戦士の集計では、2000年代の国際Aマッチ(中立地を除く)でホームチームが勝った割合は50.9%です。ホームで戦えることは、それだけで大きな追い風になります。
大会後、ヒディンク監督は韓国で初めて名誉市民権を受けました。準々決勝の会場だった光州ワールドカップ競技場は、今も非公式に「ヒディンク・スタジアム」と呼ばれています。
判定が議論になった5つの場面
韓国の勝ち上がりには、決勝トーナメントの2試合で判定をめぐる強い批判がつきまといました。イタリア戦の主審はエクアドルのバイロン・モレノ氏、スペイン戦の主審はエジプトのガマル・ガンドゥール氏です。当時はビデオ判定(VAR)がなく、判定は主審と副審の目だけで下されていました。
イタリア戦:トッティの退場とゴール取り消し
FIFA公式チャンネル「When Korea Shocked Italy」(2026年4月公開)。2002年6月18日、大田で行われた韓国対イタリアの映像です
試合は前半の早い時間に韓国がPKを得ましたが、アン・ジョンファンのキックはブッフォンに止められました。イタリアはヴィエリのヘディングで先制し、韓国は90分の終了間際にソル・ギヒョンが追いつきます。延長前半にトッティがペナルティエリア内で倒れると、モレノ主審はダイブと判定して2枚目の警告を出し、トッティは退場になりました。その後トンマージのゴールもオフサイドで取り消され、延長後半にアン・ジョンファンのヘディングが決まって韓国のゴールデンゴール勝ちとなりました。
BBCによると、FIFAのゼップ・ブラッター会長(当時)は試合の2日後に伊紙の取材に対し「今大会で唯一の悪い点は審判だ」と話しました。主審はかなりよかったが、副審はとくにオフサイドの判定で「惨事」だったとも述べています。一方で、イタリア側の「FIFAの陰謀だ」という主張は否定し、ミスは人間によるもので計画されたものではないと話しました。モレノ主審は伊紙のインタビューで「同じ場面なら同じ判定をする。トッティはダイブした」と答えたと報じられています。
スペイン戦:2つのゴール取り消しとPK戦
FIFA公式チャンネル「Full Penalty Shoot-out | Spain vs Korea Republic」(2026年5月公開)。光州で行われた準々決勝のPK戦の全キックです
スペイン戦では、スペインのゴールが2回取り消されました。後半のヘディングは、主審がその前にユニホームを引っ張る反則を取っていました。延長前半のモリエンテスのヘディングは、ホアキンがクロスを上げる前にボールがゴールラインを出ていたとして、副審が旗を上げています。英語版Wikipediaは、この副審の判断を誤りだったと書いています。
0-0のまま入ったPK戦では、韓国が5人全員成功し、GKイ・ウンジェがホアキンのキックを止めました。5人目を決めたのは主将のホン・ミョンボです。試合後、スペインのエルゲラは「これは強盗だ」と怒り、AFP通信は、スペイン連盟の会長がFIFAの審判委員会を辞めたとスペインのラジオが報じたと伝えました。
「誤審で勝った」と言い切れるのか
大会の判定にミスがあったことは、FIFA自身も認めています。スペイン戦の翌日、FIFA審判委員会のセネス・エルジク委員長は「1つか2つのミスがあった」と認めたうえで、審判団全体の準備は十分だったと擁護しました。ただ、韓国戦の判定について、買収などの不正があったとFIFAや裁判所が認めた記録は確認できませんでした。「韓国が不正で勝った」と書くのは、事実を超えた言い方になります。
準決勝のドイツ戦の主審は、スイスのウルス・マイヤー氏でした。FIFAが注目されることを承知で指名したとAFP通信は伝えています。韓国はバラックのゴールで0-1と敗れましたが、1点差の試合でした。大会直前の親善試合でも、イングランドと1-1、フランスと2-3の接戦をしています。
BBCは韓国の準決勝進出が決まった2002年6月22日の記事で、判定に助けられた場面があったと認めつつ、それだけを理由にするのはヒディンク監督による見事な改革を正しく評価しないことになる、と書きました。判定への批判と、チームの力の両方を分けて見ることが大切です。
その後のモレノ氏については、2002年9月にエクアドル国内リーグの試合の笛で20試合の出場停止処分を受け、FIFAも調査を始めたとBBCが報じています。
データで見る:大会前の韓国はレーティング33位だった
フットボール戦士レーティング(全国際Aマッチの結果からElo方式で計算)を2002年当時で計算し直すと、韓国は2001年末に206チーム中18位でした。ところがゴールドカップなどで負けが続き、ワールドカップ開幕の直前には33位まで下がっていました。FIFAランキングとは別の、フットボール戦士の独自の指標です。
大会では勝つたびに順位が上がり、準決勝の前には16位になりました。ポルトガル、イタリア、スペイン、ドイツとの4試合は、ホームの有利を入れても期待勝率が50%に届かない相手です。ホームの有利を除くと、イタリア戦は33%、スペイン戦は34%でした。データの上でも、韓国は格上に挑み続けていたことになります。
大会後(3位決定戦の後)の順位は28位、2002年末は31位でした。2026年9月時点の韓国は、210チーム中33位(1842)です。
2002年のあとの韓国と2026年大会
2002年のあと、韓国は2026年まで6大会続けて出場していますが、ベスト8には届いていません。最高は2010年と2022年のベスト16で、2010年はウルグアイに1-2、2022年はブラジルに1-4で敗れました。2018年はグループで敗退しましたが、前回王者ドイツに2-0で勝っています。
2026年の北中米大会で指揮をとったのは、2002年にスペインとのPK戦で5人目を決めたホン・ミョンボ監督でした。グループAでチェコに2-1で勝ったものの、メキシコと南アフリカに0-1で続けて負け、1勝2敗の3位で敗退しています。予選は負けなしで突破していただけに、韓国国内では厳しい批判が起きたと英語版Wikipediaはまとめています。
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上はFIFAワールドカップ公式のInstagramで、2026年6月11日(日本時間)に「Korea Republic at the #FIFAWorldCup」として、2026年大会の韓国代表を紹介した投稿です。
2026年大会では、日本がベスト32でブラジルに1-2、オーストラリアがベスト32でエジプトにPK戦で敗れ、アジアのチームはベスト16に1チームも残りませんでした。2002年の韓国のベスト4は、24年たった今もアジアの最高成績です。
よくある質問
A. 2002年の日韓大会の1回だけです。準決勝でドイツに0-1、3位決定戦でトルコに2-3で敗れ、最終成績は4位でした。
A. ヒディンク監督が約1年半かけてチームを作り、大会前の3か月は選手を集めて体力と戦い方を鍛えました。7試合すべてをホームの大声援の中で戦えたことも追い風でした。
A. トッティの退場や、スペインのゴール2つの取り消しは当時から強く批判され、FIFAの審判委員長も大会中の判定にミスがあったことを認めました。ただ、買収などの不正が公式に認められた記録は見つかっていません。
A. ありません(2026年大会まで)。アジアでベスト4に入ったのは2002年の韓国だけです。
A. ホン・ミョンボ監督のもと、グループAで1勝2敗の3位となり、グループステージで敗退しました。
まとめ:韓国のワールドカップベスト4は準備とホームの力、そして判定論争の大会
- 韓国のベスト4は2002年の1回だけで、最終成績は4位
- ヒディンク監督が約1年半、大会前は3か月かけてチームを鍛えた
- イタリア戦・スペイン戦の判定は強く批判され、FIFAも大会の判定のミスを認めた
- 不正が公式に認められた記録はなく、「誤審だけで勝った」とは言い切れない
- フットボール戦士レーティングでは大会直前33位で、格上に勝ち続けた
- 2026年大会はホン・ミョンボ監督のもとグループステージで敗退した
2002年の韓国は、準備を重ねたチームがホームの大声援を力に変えた大会でした。同時に、判定をめぐる論争がVARのない時代の課題を映した大会でもあります。どちらか一方だけで語らず、確かめられる事実から振り返ることが、この大会を正しく知る近道です。
※この記事の情報は2026年9月25日時点のものです。出典:FIFA公式記録・公式YouTube、BBC Sport(2000年12月8日、2002年6月18日・20日・22日、2002年9月13日)、Mail & Guardian(AFP通信、2002年6月23日)、Wikipedia英語版(2002 FIFA World Cup knockout stage、South Korea v Italy (2002 FIFA World Cup)、2002 FIFA World Cup Group D、South Korea at the FIFA World Cup、Guus Hiddink ほか)、国際Aマッチの公開データ(martj42/international_results・CC0)。
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