- 佐野航大はなぜW杯メンバーに選ばれなかった?森保監督は理由を話した?
- W杯のバックアップだった?代表デビューはいつ?背番号は?
- 今は代表に戻った?パリ五輪のバックアップを見送ったのはなぜ?
佐野航大選手が2026年W杯のメンバーから外れた理由は、公式には発表されていません。森保一監督は会見で、佐野選手個人について落選の理由を説明しませんでした。報道や記録から言えるのは、発表の時点で代表での出場が2試合・約75分と少なく、本職のボランチには遠藤航・鎌田大地・田中碧・佐野海舟の4人がいたことです。
この記事では、W杯落選の経緯と報道が挙げる理由、バックアップの話、代表デビューからの出場記録と背番号、「ブラジル戦」で検索される理由、2026年9月の代表復帰、パリ五輪のバックアップ見送りまでを、2026年10月5日時点の情報で整理します。
佐野航大はなぜW杯メンバーに落選した?公式の理由は発表されていない
2026年W杯の日本代表メンバー26人は、2026年5月15日に発表されました。会見では森保監督が「選べたのは26人で、多くの選手を選べなかったという気持ちのほうが大きい」という趣旨の話をしましたが、佐野航大選手の名前を挙げて落選の理由を説明した報道は見つかりませんでした。
そのため、ここからは「監督の発言」と「メディアの分析」を分けて見ていきます。
森保監督が話したこと:ボランチは4人、DFも中盤で使う
W杯メンバーで本職のボランチは、遠藤航選手・鎌田大地選手・田中碧選手・佐野海舟選手の4人でした。森保監督は会見で、人数だけでなく「チームとして成立するか」で考えたとし、DFの板倉滉選手と瀬古歩夢選手も中盤で使えると説明しています(Number・デイリースポーツ)。複数のポジションをこなせる選手でチームを組む方針で、ボランチの守田英正選手や藤田譲瑠チマ選手もメンバーから外れました。
報道が挙げる理由:代表での実績が少なかった
メディアが理由として挙げているのは、主に代表での実績の少なさです。W杯メンバー発表までの佐野選手の代表出場は、2025年6月のインドネシア戦(途中出場)と2026年3月のスコットランド戦(先発・前半45分)の2試合、約75分だけで、ゴールもアシストもありませんでした。2025年10月と11月の代表活動には呼ばれていません。
フットボールチャンネルは、3月のスコットランド戦で左シャドーとして先発したものの結果を残せず、監督の心を動かす決め手にならなかったと分析しています。ボランチでは4人に続く立場、シャドーでは結果が足りない、という2つの事情が重なったというのが報道の大きな見方です。ただし、これは監督が言った理由ではありません。
本人のコメントとオランダでの評価
佐野選手は落選後、オランダの専門誌VIに「日本には良い選手がたくさんいて、監督の判断は理解できる」という趣旨の話をし、W杯は夢なので「これからの4年間」に集中すると語りました(サッカーキング・2026年5月)。9月の代表合流時には「悔しかったですけど、すぐに切り替えて」W杯に出た選手を応援したと話しています。
一方、オランダでは落選に驚く声が上がりました。佐野選手は2025-26シーズンにNECでリーグ全34試合にフル出場して3得点7アシストを記録し、オランダの新聞デ・テレフラーフは日本代表の発表について「最も際立つのは佐野航大の不選出」と伝えています(Number)。クラブでの評価と代表での序列に差があったことが分かります。
W杯のバックアップメンバーだった?遠藤航の離脱でも呼ばれず
佐野選手がW杯のバックアップ(予備登録)メンバーに入っていたかどうかは、公表されていません。知恵袋などでも「バックアップに入っている?」という質問がありますが、根拠のある答えは見当たりませんでした。
大会直前の2026年6月11日(現地)、遠藤航選手が左足の古傷の悪化で離脱しました。このとき追加で呼ばれたのは、ボランチではなくFWの町野修斗選手です。記者から「なぜボランチを呼ばないのか」と聞かれた山本昌邦技術委員長は、「監督に伺っていただければ」と答えるにとどめました(デイリースポーツ)。ボランチが足りない状況でも佐野選手は呼ばれなかった、という事実は、序列の低さを示しているといえそうです。
代表デビューはいつ?出場した試合と背番号
JFA公式チャンネル(JFATV)の「Team Cam vol.03」。佐野航大選手が代表デビューした2025年6月10日のインドネシア戦の舞台裏
佐野選手が日本代表に初めて選ばれたのは、2025年5月23日発表の6月シリーズです。兄の海舟選手とそろっての選出でした。代表デビューは2025年6月10日のW杯アジア最終予選・インドネシア戦(6-0)で、後半16分から途中出場しています。
| 時期 | 試合 | 佐野航大 |
|---|---|---|
| 2025年6月 | オーストラリア戦 0-1/インドネシア戦 6-0 | インドネシア戦で途中出場(デビュー) |
| 2025年9月 | メキシコ戦 0-0/アメリカ戦 0-2 | 追加招集。出場なし |
| 2025年10月・11月 | パラグアイ・ブラジル・ガーナ・ボリビア戦 | 招集外 |
| 2026年3月 | スコットランド戦 1-0/イングランド戦 1-0 | スコットランド戦で初先発(前半45分) |
| 2026年5〜7月 | W杯 | メンバー外 |
| 2026年9〜10月 | ウルグアイ戦 3-1/ベネズエラ戦 2-1/エクアドル戦 0-0(PK戦5-4)/ニュージーランド戦 2-1 | ウルグアイ戦で先発(前半45分)、キリンカップ決勝のニュージーランド戦で途中出場 |
※JFAの発表と各報道をもとに整理(2026年10月5日時点)。10月5日のキリンカップ決勝(ニュージーランド戦)まで含みます。
2026年10月5日時点の代表成績は4試合0得点です。出場した4試合(インドネシア戦6-0、スコットランド戦1-0、ウルグアイ戦3-1、ニュージーランド戦2-1)は、すべて日本が勝っています。出場時間は最初の3試合で約120分で、4試合目の決勝は終盤からの途中出場でした。
日本代表の背番号は28
2026年9月からの代表活動で、佐野選手の背番号は28です(JFA発表)。兄の海舟選手は24番をつけています。ファンがまとめた記録では、2025年6月は19番、2025年9月と2026年3月は20番でした。代表の背番号は活動ごとに変わることがあります。
「佐野航大 ブラジル戦」は兄・海舟のゴールのこと
「佐野航大 ブラジル戦」と検索されることがありますが、佐野航大選手はブラジル戦に出ていません。2025年10月14日に日本がブラジルに初めて勝った試合(3-2)は招集外で、2026年W杯ラウンド32のブラジル戦(1-2)はメンバー外でした。
W杯のブラジル戦で先制ゴールを決めたのは、兄の佐野海舟選手です。航大選手は9月の代表合流時に、兄のゴールを「誇らしい」と話し、「ああいう舞台でお兄ちゃんが決めるのは普通ではない」「自分も日本代表としてあの舞台に立ちたい」と語っています(ゲキサカ)。
2026年9月に代表復帰、ウルグアイ戦で兄弟ボランチ
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W杯後の2026年9月17日、9月のキリンチャレンジカップと10月のキリンカップ(全4試合)のメンバー31人が発表され、佐野選手は背番号28で代表に戻りました。2026年8月にはオランダの強豪PSVに移籍していて、所属はPSVとしての選出です。
9月24日のウルグアイ戦(3-1)では、兄の海舟選手とボランチで並んで先発しました。兄弟がそろって先発したのは、1993年の三浦泰年・知良兄弟以来33年ぶりです。佐野選手は前半45分で交代し、試合後は「全然まだまだ」と話しています(フットボールチャンネル)。その後のベネズエラ戦とエクアドル戦は出場がありませんでしたが、10月5日のキリンカップ決勝・ニュージーランド戦(2-1)では終盤に途中出場しました。日本はこの試合に勝ち、2011年以来15年ぶりにキリンカップで優勝しています。
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合流したときには、PSVでボランチをやっている中で「“ここ”というポジションを確立していかないといけない」と話していて、ボランチで勝負する考えです(サッカーキング)。兄弟の比較は佐野海舟のプレースタイルの記事も参考にしてください。
データで見る:落選の日と復帰の日の注目度
フットボール戦士の集計では、W杯メンバーが発表された2026年5月15日、佐野選手の日本語版Wikipediaは1日に5,090回見られました。その前の30日間の平均(約520回)の約10倍で、落選を知って調べた人が多かったことがうかがえます。
9月24日のウルグアイ戦の日は2万1,543回で、2026年で最も多い日になりました。同じ日の兄・海舟選手のページ(1万5,707回)を上回っています。
フットボール戦士が毎日集計している「サッカー選手 日本での注目度ランキング」のデータです(日本語版Wikipediaの閲覧数)。
パリ五輪はバックアップに選ばれたが、クラブとの協議で見送り
日本海テレビのニュース(2024年7月)。米子北高校出身の佐野航大選手がパリ五輪のバックアップメンバーに選ばれたことを伝えた
佐野選手は2024年のパリ五輪で、一度はバックアップメンバーに選ばれています。2024年7月3日に登録18人と一緒にバックアップ4人が発表され、その1人に入りました。
その後、大会のルール変更でバックアップがチームに帯同することになり、JFAが所属のNECと交渉しました。しかし7月18日、JFAは「所属クラブとの協議の結果、招集を見送る」と発表し、代わりに植中朝日選手がバックアップに入りました。NEC側からチーム事情を理由に見送りが伝えられたと説明されています(ゲキサカ)。「出場拒否」という言葉で検索されることもありますが、本人が拒否したという報道はありません。詳しくは佐野海舟がパリ五輪にいなかった理由(弟・航大の件も)の記事で解説しています。
次のW杯とアジアカップに向けて
日テレスポーツ公式チャンネルの、2026年9月の代表合宿での佐野航大選手らの練習後インタビュー
森保監督は9月のメンバー発表で、W杯で「選びたくても選べなかった選手」や成長が期待できる選手を呼んだと話し、2027年1月のアジアカップの優勝を目指すとしています(デイリースポーツ)。9月の31人のうち、ボランチでプレーできる選手は鎌田大地選手、田中碧選手、佐野海舟選手、佐野航大選手らで、競争は続きます。
PSVではすでに先発に定着していて、チャンピオンズリーグにも出ています。クラブで結果を出し続けて、代表でもボランチの序列を上げられるかが、次のW杯に向けた一番のポイントになりそうです。
よくある質問
A. 公式の理由は発表されていません。報道では、代表での出場が2試合・約75分と少なかったこと、本職のボランチに遠藤航・鎌田大地・田中碧・佐野海舟の4人がいたこと、3月のスコットランド戦で結果を残せなかったことが挙げられています。
A. 2026年10月5日時点で4試合0得点です。出場した4試合は、いずれも日本が勝っています。
A. 2025年6月10日のW杯アジア最終予選・インドネシア戦(6-0)です。後半16分から出場しました。
A. 2026年9月からの代表活動では28番です(JFA発表)。
A. W杯のバックアップ(予備登録)メンバーは公表されていないため、分かりません。遠藤航選手が離脱したときに追加招集されたのは、FWの町野修斗選手でした。
まとめ:落選の公式な理由はなく、ボランチで序列を上げるのが課題
- 2026年W杯の落選について、森保監督は佐野航大選手個人の理由を説明していない
- 報道が挙げる理由は、代表での出場が2試合・約75分と少なかったこと、ボランチ4人の層の厚さ
- W杯のバックアップかどうかは非公表。遠藤航の離脱で追加招集されたのはFWの町野修斗
- 2026年9月に背番号28で代表復帰し、ウルグアイ戦で兄・海舟と並んでボランチで先発
- 2024年のパリ五輪はバックアップに選ばれたが、所属のNECとの協議で見送りになった
佐野選手はクラブで高い評価を受けながら、代表では出場機会が限られてきました。PSVで「6番」の地位を固め、代表のボランチ争いに割って入れるかが、次の4年間の大きなテーマです。
※この記事の情報は2026年10月5日時点のものです。10月5日のキリンカップ決勝(ニュージーランド戦)の結果まで含みます。
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