- 松木玖生はなぜ日本代表に選ばれない(選ばれなかった)の?
- パリ五輪に落選した理由は? 森保監督は何と言っていた?
- 日本代表デビューと初ゴールはいつ? 背番号は何番?
松木玖生が日本代表に長く選ばれなかったのは、パリ五輪では「移籍の時期と重なった」から、A代表では「同じポジションの競争がとても激しかった」からです。どちらも、日本サッカー協会の責任者や森保一監督が理由を口にしています。そして2026年9月17日、松木はついにA代表に初めて招集され、9月24日のウルグアイ戦でデビュー戦ゴールを決めました。
「松木玖生はなぜ選ばれないのか」と調べてきた方に向けて、この記事では、選ばれなかった時期の理由を監督や関係者の言葉と報道で確かめ、初招集から初ゴールまでを時系列でまとめます。
松木玖生が日本代表に選ばれなかった理由は?結論は「移籍の時期」と「競争」
松木玖生は、青森山田高校からFC東京に入った2022年以降、年代別の日本代表では中心選手でした。それでも、パリ五輪とA代表の両方で、長く「選ばれない」時期が続きました。理由は大きく2つあります。
1つ目はパリ五輪(2024年夏)です。日本サッカー協会の山本昌邦ナショナルチームダイレクターは、選ばれなかった理由を「移籍の可能性がある」「確実に招集できる確約が取れなかった」と説明しました。実際、松木はメンバー発表のあとにイングランドのサウサンプトンへ移籍しています。
2つ目はA代表の競争です。森保一監督は2024年11月、松木を「すごく良い選手」と認めたうえで、同じポジションには守田英正、遠藤航、田中碧がいるため「なかなか招集ができない」と話しました(東京スポーツ)。さらに2025年には、サウサンプトンで3か月以上試合に出られない時期もありました。
その後、所属クラブで出番をつかみ、2026年9月にA代表へ初招集。デビュー戦で初ゴールを決めています。ここからは、それぞれの時期を詳しく見ていきます。
パリ五輪に落選したのはなぜ?「移籍の可能性」で招集の確約が取れなかった
DAZN Japan「パリオリンピックへ日本が先制!山田楓喜のクロスに松木玖生が合わせた!」(2024年4月16日公開)。パリ五輪の予選を兼ねたU-23アジアカップの初戦で、松木が先制点を決めた場面です。
松木玖生のパリ五輪落選が大きな話題になったのは、予選で活躍した主力だったからです。2024年4月から5月にかけてカタールで開かれたU-23アジアカップは、パリ五輪のアジア最終予選を兼ねていました。
U-23アジアカップでは先制点を決めて優勝に貢献
初戦の中国戦(2024年4月16日)では、前半8分に山田楓喜のクロスに合わせて先制点を決め、1-0の勝利につなげました(JFA)。この試合は前半に退場者が出て、日本は10人で戦っています。
準決勝のイラク戦は、日本時間で松木の21歳の誕生日でした。日本は2-0で勝ってパリ五輪の出場権を獲得し、松木は「人生で一番の、最高のプレゼント」と喜びました(サッカーマガジンWEB)。日本はこの大会で優勝しています。
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メンバー発表での説明は「移籍の可能性」
ところが、2024年7月3日に発表されたパリ五輪のメンバー18人に、松木の名前はありませんでした。会見で理由を説明したのは、山本昌邦ナショナルチームダイレクターです。
「移籍の可能性がある。そんな中で、五輪期間に、確実にわれわれが招集できる確約が取れなかった」(東京スポーツ、2024年7月3日)
五輪の男子サッカーは、クラブに選手を出す義務がない大会です(FOOTBALL ZONEなど)。移籍すれば、大会の期間中に新しいクラブが松木を出してくれるかは分からない。それがいちばんの理由だったと説明されています。
大岩剛監督は「選ばれていない選手に対してのコメントは避けたい」としつつ、「彼のコンディションに問題があるという理由ではない」と話しました(東京スポーツ)。けがや調子が悪かったわけではない、ということです。
発表のあと、サウサンプトンへ移籍
説明どおり、松木は2024年7月にFC東京からイングランドのサウサンプトンへ完全移籍しました。契約は4年で、2024-25シーズンはビザの関係で、トルコ1部のギョズテペへ期限付き移籍することも同時に発表されています(サッカーキング、ゲキサカ)。
FC東京での最後の試合のあと、松木は移籍を決めた理由を「一番成長できると思いましたし、自分の夢に近づいていくためには、そこが一番いいと思いました」と話しています(RONSPO、2024年7月14日)。年俸や契約の中身は松木玖生の年俸の記事でまとめています。
A代表に呼ばれなかった理由 森保監督「なかなか招集ができない」
「松木玖生 日本代表 呼ばれない 理由」の答えとして、いちばん確かなのは森保一監督本人の言葉です。松木がトルコのギョズテペでプレーしていた2024年11月、東京スポーツ(11月12日)が、松木の招集について森保監督が話した内容を伝えています。
森保監督はまず、松木を高く評価しました。
「単体だけ見れば、すごく良い選手で、将来も期待できると思うので、代表にも絡んでくる選手かなと思う」
U-23アジアカップについても「〝持ってるな〟と思った」と話し、プレッシャーの中で力を出せるメンタリティーを認めています。そのうえで、呼ばない理由をこう続けました。
「あのポジションで言うと、MF守田(英正)を外しますか、MF遠藤航を外しますか、MF田中碧のようなW杯で(ゴールを)決められる選手を外しますか、ということ。現在地と未来を掛け合わせないといけないけど、そういう中ではなかなか招集ができない」(東京スポーツ、2024年11月12日)
つまり「実力が足りないから」ではなく、「いまW杯で戦える選手を外してまで入れる段階ではない」という説明です。2026年W杯に向けた予選の最中だったことも、判断に影響したと考えられます(ここはフットボール戦士の見方です)。
2025年はサウサンプトンで出られない時期も
2025年夏、松木はギョズテペでの1年を終えてサウサンプトンに戻りました。しかし、2025年8月30日の試合を最後に、3か月以上試合で起用されない時期が続きます。トンダ・エッカート監督は、松木の「ずば抜けた左足」やプロ意識をほめつつ、辛抱強く取り組み続けるよう求めていました(英紙Daily Echoの報道をQolyが紹介、2025年12月14日)。
代表に呼ばれるには、所属クラブで試合に出ていることが大前提です。本人も初招集のあと「サウサンプトンで出られない時期もあった」と振り返っています(サッカーキング、2026年9月23日)。この時期に代表から声がかからなかったのは、自然な流れだったといえます。
2026年W杯のメンバーにも入らなかった
松木はその後、2026年2月24日のQPR戦で2ゴールを決め、英2部のリーグ戦で初得点を挙げました(サッカーキング、サッカーダイジェストWeb)。ここから出場を重ねていきます。
ただ、2026年5月15日に発表されたW杯のメンバー26人には入りませんでした。つまり、松木は2026年W杯には出ていません。「松木玖生 ワールドカップ」と調べた方への答えは、「2026年大会はメンバー外。次の2030年大会を目指す立場」です。
2026年9月に初招集 森保監督が評価した3つの点
2026年9月17日、日本サッカー協会はW杯後初めてとなる4連戦のメンバーを発表し、松木玖生が初めてA代表に選ばれました。9月24日(宮城)と28日(広島)のキリンチャレンジカップ2026、10月1日(神奈川)と5日(東京)のキリンカップサッカー2026に向けた招集です。
フットボール戦士では、JFAの代表メンバー発表を記録しています。記録している3回の発表のうち、松木が選ばれたのはこの2026年9月17日の1回だけです。W杯メンバー26人(2026年5月15日発表)には入っておらず、9月の31人のうち初招集は、松木、谷村海那、中野就斗、齋藤俊輔の4人でした。
森保監督は、メンバー全体について「W杯で選びたくても選べなかった選手」や「成長の期待を感じれる選手」も加えたと説明しています。松木については、次の3つを評価しました(サッカーキング、東京スポーツ、2026年9月17日)。
| 評価した点 | 森保監督の言葉 |
|---|---|
| どこでも戦える | 「前線すべてのポジション、そしてボランチ、そして攻守にハードワークしながら、局面局面で勝っていける力がある」 |
| 点が取れる | 「2列目から飛び出して、ゴール前で最後得点を決める仕事ができる選手」 |
| 気持ちの強さ | 「チームを鼓舞することができる強いメンタリティ」 |
※言葉はサッカーキング、東京スポーツの記事から短く引用しています。
森保監督は、サウサンプトンでの右ウイングとしてのプレーにも触れ、「FC東京であったり、アンダー世代の国際試合でもハードワークしながら最後に点を取る」と話しています。2024年11月に「なかなか招集ができない」と話したときと比べると、所属クラブで試合に出て結果を出していることが、評価の言葉に表れています。実際、松木は発表の5日前、9月12日のブリストル・シティ戦で今季の公式戦初ゴールを決めていました(サッカーキング)。
日本代表デビューと初ゴール ウルグアイ戦で開始11分に決めた
JFATV「【ハイライト】日本代表vsウルグアイ代表|2026.9.24 キューアンドエースタジアムみやぎ」(2026年9月24日公開)。松木の先制ゴールから試合の流れを見られます。
松木玖生の日本代表デビューは、2026年9月24日のウルグアイ戦(宮城・キューアンドエースタジアムみやぎ)です。右ウイングバックで先発し、いきなり結果を出しました。
前半11分、左ウイングバックの中村敬斗からのサイドチェンジを右サイドで受けると、中へ切り込んで得意の左足でシュート。これが代表初ゴールになりました(JFA公式記録、サッカーキング)。デビュー戦で、しかも先発での初ゴールです。
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松木は63分に交代するまでプレーしました。試合はその後1-1に追いつかれましたが、後半アディショナルタイムに塩貝健人が代表初ゴールを決め、上田綺世も加点して、日本が3-1で勝っています。
ウルグアイは日本が勝ち越せていない相手
ちなみに、ウルグアイは日本にとって相性の良い相手ではありません。フットボール戦士の集計では、日本はウルグアイと9試合を戦い、2勝3分4敗(得点18・失点24)でした。勝ったのは1996年(5-3)と2018年(4-3)の2回だけです。
一方、森保監督になってからは3試合1勝2分と負けていませんでした。今回の3-1は、この9試合の集計(2026年6月までの公開データ)にはまだ入っていない10試合目の結果です。松木のゴールは、南米の強豪から挙げた貴重な1点だったといえます。
本人は「これ以上ないスタート」
試合後、松木は「これ以上ないスタートを切れました」と話しつつ、「自分を含めてまだまだ改善するところがある」とも振り返りました。代表については「代表のエンブレムを背負って戦うことは特別です」と語り、ポジションについては「どこでも結果を残せるのが自分の特徴」と話しています(サッカーキング、2026年9月26日)。
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なお、9月28日のベネズエラ戦(広島・2-1で勝利)では、松木はメンバー外でした。この試合はウルグアイ戦から先発が大きく入れ替わっています。メンバー外を伝えた日刊スポーツの記事では、理由には触れていません。10月には2試合が残っています。
日本代表での背番号は19 W杯では小川航基がつけた番号
松木玖生の日本代表での背番号は19です。2026年9月22日、日本サッカー協会が4連戦の背番号を発表し、初招集の松木は19番に決まりました(サッカーキング、ゲキサカ)。ウルグアイ戦のJFA公式記録でも19番で先発しています。
19番は、2026年W杯で小川航基がつけていた番号です。9月の4連戦に小川は呼ばれていないため、この番号が松木に回った形です。今回の発表では、W杯で7番だった田中碧が17番に、8番だった久保建英が20番に戻るなど、W杯のときとは番号が入れ替わっています(サッカーキング)。
クラブでは、FC東京1年目の2022年が44番、2023年からは7番をつけました(サッカーキング、ゲキサカ)。サウサンプトンでは27番です。代表の背番号の決まり方はサッカー日本代表の背番号の決め方の記事で解説しています。
よくある質問
A. パリ五輪は「移籍の可能性があり、確実に招集できる確約が取れなかった」ためと、日本サッカー協会が説明しました。A代表は、森保監督が2024年11月に「守田、遠藤、田中碧を外しますか」と話したとおり、同じポジションの競争が理由です。2025年はクラブで出られない時期もありました。
A. いいえ。大岩剛監督は「彼のコンディションに問題があるという理由ではない」と話しています。理由は移籍の時期と重なったことでした。
A. A代表デビュー戦となった2026年9月24日のウルグアイ戦です。右ウイングバックで先発し、前半11分に左足で決めました。日本は3-1で勝っています。
A. 19番です。2026年W杯で小川航基がつけていた番号です。
A. 出ていません。2026年5月に発表された2026年W杯のメンバー26人には入りませんでした。A代表に初めて選ばれたのは、W杯後の2026年9月です。
まとめ:松木玖生は「選ばれない」時期を越えて、デビュー戦でゴール
- パリ五輪は、移籍の可能性で「確実に招集できる確約が取れなかった」ため選外。コンディションの問題ではなかった
- A代表は、森保監督が2024年11月に「なかなか招集ができない」と説明。理由は守田・遠藤・田中碧との競争
- 2025年はサウサンプトンで3か月以上出場なし。2026年W杯のメンバーにも入らなかった
- 2026年9月17日に初招集。記録している3回の発表のうち選ばれたのはこの1回で、初招集は31人中4人
- 9月24日のウルグアイ戦で先発デビューし、前半11分に初ゴール。背番号は19
「なぜ選ばれないのか」と言われ続けた松木玖生は、クラブで出番をつかみ直し、A代表の最初の試合で結果を出しました。森保監督が以前「代表にも絡んでくる選手」と話したとおりの展開です。10月の2試合、そしてその先の代表でどんな役割を任されるのか、注目したい選手です。
※この記事の情報は2026年9月30日時点のものです。発言は、東京スポーツ、サッカーキング、サッカーダイジェストWeb、サッカーマガジンWEB、RONSPO、Qolyなどの記事から引用しています。代表の試合記録はJFAの公式記録によります。
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