伊東純也の高校・大学は?無名から代表へ、逗葉高校・神奈川大学と遅咲きの経歴

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こんな疑問を持つ方へ
  • 伊東純也の高校・大学はどこ?学歴を小学校から知りたい
  • 無名だったって本当?高校や大学ではどんな成績だった?
  • 「遅咲き」と言われる理由、セブンイレブンのバイトの話、背番号14の理由は?

伊東純也の高校は神奈川県立逗葉(ずよう)高校、大学は神奈川大学です。高校では全国大会に一度も出られず、本人も「小中高と全国大会とは無縁で、選抜歴もゼロ」と話す無名の選手でした。大学で力を伸ばし、22歳でプロに、24歳で日本代表になりました。

この記事では、学歴と経歴を年齢つきで整理し、「遅咲き」「無名」と言われる理由、ネットで広がった「セブンイレブンでバイト」の話の真相、背番号14の理由、父親のことまで、本人の言葉と報道で確かめられる範囲でまとめます。

伊東純也の学歴:高校は県立逗葉、大学は神奈川大学

伊東純也の学歴と経歴小学校横須賀市立小原台小鴨居SC(父がコーチ)中学校横須賀市立鴨居中横須賀シーガルズJY高校神奈川県立逗葉高全国大会の出場なし大学神奈川大学 人間科学部3年で関東2部の得点王22歳甲府でプロデビュー2015年3月・当時J124歳日本代表デビュー2017年12月・E-1選手権25歳初めて海外へ(ゲンク)2019年2月29歳W杯に初出場2022年11月・ドイツ戦33歳W杯で初ゴール2026年6月・チュニジア戦甲府・柏の公式発表、神奈川大学公式、各社報道から(年齢は満年齢)
伊東純也の学歴と経歴(甲府・柏の公式発表、神奈川大学公式、各社報道をもとにフットボール戦士が作図)

伊東純也は1993年3月9日生まれで、神奈川県横須賀市の出身です。2026年10月時点で33歳です。学歴は次のとおりです(ヴァンフォーレ甲府の加入内定発表、神奈川大学公式より)。

  • 小学校:横須賀市立小原台小学校(チームは鴨居SC)
  • 中学校:横須賀市立鴨居中学校(チームは横須賀シーガルズジュニアユース)
  • 高校:神奈川県立逗葉高校
  • 大学:神奈川大学 人間科学部(2015年卒業)

小学校・中学校:マリノスのジュニアユースは不合格

小学1年で、地元の少年団・鴨居SCに入りました。小学6年のときには横浜F・マリノスのジュニアユースのセレクションを受け、最終選考まで残りましたが、本人いわく「普通に落ちました」。中学の3年間は横須賀シーガルズのジュニアユースでプレーしています(柏レイソル公式インタビュー、2017年)。

父親は少年団のコーチ

父の利也さんは、伊東が通った鴨居SCのコーチです。「純也」という名前は、父の名前から一字をとったものです(サンケイスポーツ、2022年5月5日)。父は鴨居SCを「運動が苦手な子でも入れる、普通のチーム」と話しています。

父は2026年6月の取材で「才能は感じなかった」「進路について、親は全く関与していない」と話しました(神奈川新聞、2026年6月20日)。W杯で伊東が初ゴールを決めた日は、地元・横須賀のパブリックビューイングで涙を見せています(読売新聞、2026年6月22日)。父の職業などは公表されていません。

高校は神奈川県立逗葉高校:全国大会の出場はなし

なぜ公立の逗葉高校を選んだ?インタビューで話した理由(話した時期の順)本人2017年「家から近いから」本人2019年(両親の方針?)「そうです」本人2022年1月「寮とか上下関係が嫌だな」本人2022年6月「人見知りだったから」本人2026年3月「ある程度強くて家から通える」父2026年6月「親は全く関与していない」柏レイソル公式・Sportiva・Number・読売新聞・FOOTBALL ZONE・神奈川新聞から
伊東純也が公立の逗葉高校を選んだ理由(各社のインタビューをもとにフットボール戦士が作図)

神奈川には桐光学園や桐蔭学園といった強豪の私立高校がありますが、伊東が選んだのは公立の逗葉高校でした。理由は、インタビューのたびに少しずつ違う言い方で話しています。どれも本人や家族の言葉なので、上の図に話した順に並べました。

共通しているのは「家から通いたかった」という点です。2017年には、中学3年のときに逗葉が選手権の県予選の決勝まで進んだのを見て「強いじゃん」と思った、とも話しています(柏レイソル公式)。

高校時代の成績:最高は県ベスト8

在学中の逗葉の最高成績は県ベスト8で、高校選手権にもインターハイにも出ていません。高校3年の選手権の県予選はベスト32で終わりました(中日新聞、2022年11月5日)。本人は「うちのサッカー部からプロになった選手なんて、いなかった」と振り返っています(Sportiva、2019年6月5日)。

このころはスピードに頼るよりも、「パスを受けてドリブルをして、スルーパスを出す」プレーをしていたそうです。卒業アルバムには「プロサッカー選手になる」と書きましたが、現実味はなかったといいます(柏レイソル公式)。

人生を変えた桐光学園戦の1点

転機は、高校3年のインターハイ予選で強豪・桐光学園と当たった試合です。試合は1-6で負けましたが、伊東はドリブルで3、4人を抜いて1点を決めました。桐光の選手を見に来ていた大学のスカウトの目に留まり、「それで大学からは結構声がかかりました」と本人は話しています(柏レイソル公式)。

国体の神奈川県選抜に声がかかったこともありますが、早生まれのため1学年下の代での選出で、「知り合いがいない」と断っています。人見知りな性格については、性格の記事で詳しく書いています。

大学は神奈川大学:1年生の試合で甲府のスカウトが発見

神奈川県サッカー協会の公式チャンネル。神奈川大学2年の伊東純也のゴール(2012年12月22日の神奈川県知事杯)

大学も「実家から通えることもあって」神奈川大学を選びました(柏レイソル公式)。所属は人間科学部です。

大学4年間の成績

学年リーグ主な出来事
1年(2011年)関東1部途中出場が多い。この年の試合で甲府のスカウトが発見
2年(2012年)関東1部レギュラーに。関東大学選抜に選ばれる。チームは2部に降格
3年(2013年)関東2部20試合17得点で得点王、ベストイレブン
4年(2014年)関東2部10得点12アシストでアシスト王。チームは2位で1部に昇格。全日本大学選抜

※甲府の加入内定発表、サッカーキング(2014年11月)、柏レイソル公式、Sportiva(2019年)をもとに作成。

ネットでは「2部や3部の大学から来た」と言われることがありますが、伊東が1・2年のときの神奈川大学は関東大学リーグの1部でした。本人も「1年、2年の時は関東大学リーグ1部」「プレーも普通に通用した」と話しています(Sportiva、2019年)。2年で関東大学選抜に入り、「俺、普通の高校出身だけどできるじゃん」と思ったそうです。

甲府のスカウトが見た「足の速さ」

ヴァンフォーレ甲府のスカウト・森淳さんは、2011年に1部の流通経済大学との試合を見に行きました。お目当ては神奈川大学の4年生・佐々木翔(のちに日本代表)でしたが、残り30分ほどで足の速い選手が出てくると流れが一気に変わった、といいます。それが1年生の伊東でした(Number、2022年4月20日)。

森さんは「下手さは直るんですが、どんなにトレーニングをしても足は速くなりませんから」と話しています。オファーは甲府が最初で、伊東は「一番最初に声をかけてくれたクラブに行こう」と決めました。

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大学では教職の単位も取りましたが、教員免許は持っていません。「単純に話すのが苦手なので、教師は向いていないと思って」と、教育実習には行かなかったそうです(柏レイソル公式)。

「セブンイレブンでバイト」は本当?甲府の新人研修で1日だけ

「セブンでバイト」は誤解2015年11月甲府の新人研修セブン-イレブンの店舗で1日だけ実習。クラブ公式Xが写真を投稿2026年6月W杯初ゴールのあとその写真が「元コンビニ店員」として海外で拡散2026年6月23日本人の話「新人研修の一環で1日だけ行った」「いじられているだけです」サッカーキング・日刊スポーツ・THE ANSWER(2026年6月)から
「セブンイレブンでバイト」の誤解が広がった流れ(サッカーキング・日刊スポーツ・THE ANSWERの報道をもとにフットボール戦士が作図)

結論から言うと、伊東純也がセブンイレブンでアルバイトをしていた事実はありません。元になったのは、プロ1年目の2015年11月、甲府の新人研修で1日だけ店舗に立った写真です。甲府の公式X(当時Twitter)が「新人研修」として投稿していました。

この写真が、2026年W杯のチュニジア戦で伊東がゴールを決めたあと、「元コンビニ店員がW杯でゴール」と海外で広まりました。本人は2026年6月23日、「甲府の時に新人研修の一環でセブンイレブンに1日だけ行ったことはあったんですけど、別に気にしてはないです(笑)」「いじられているだけです」と話しています(サッカーキング、2026年6月24日)。

遅咲きと言われる理由:プロ22歳、W杯初ゴールは33歳

日本代表に初めて入った年の年齢2000年以降に代表入りした男子215人(年の差で計算)1183132024342237252421172619102861302132133歳伊東純也(2017年・24歳)まん中(中央値)は23歳。伊東より上の年齢で代表入りした選手も78人いるWikidataをもとにフットボール戦士が集計(2026年10月5日時点・代表入りの年が分かる選手)
日本代表に初めて入った年の年齢の分布(Wikidataをもとにフットボール戦士が集計)

伊東が「遅咲き」と言われるのは、10代のうちは選抜歴がなく、プロの道に乗ったのが大学を出た22歳だったからです。2015年3月14日、当時J1の甲府でプロデビューしました。そこから柏レイソルを経て、日本代表デビューは24歳9か月、初めての海外移籍(ベルギーのゲンク)は25歳10か月でした。

ただ、日本代表に入った年齢だけを見ると、特別に遅いわけではありません。フットボール戦士が、2000年以降に初めて日本代表に入った男子215人の「代表入りした年の年齢」を数えたところ、まん中(中央値)は23歳でした。伊東は2017年で24歳、伊東より上の年齢で代表入りした選手は78人います(Wikidataの記載をもとにした集計・年の差で計算)。

遅咲きの印象を強くしているのはW杯です。2018年のロシア大会は選ばれず、W杯の初出場は29歳のカタール大会でした。2026年6月のW杯チュニジア戦では33歳3か月でW杯初ゴールを決め、日本選手のW杯最年長ゴールになりました。本人は「自分でも今ここにいることは想像できなかったですし、周りも絶対思っていなかった」と話しています(FOOTBALL ZONE、2026年3月4日)。

同じ神奈川県生まれの日本代表経験者は52人いて、都道府県別で3位です。同じ横須賀の鴨居SCからは、7学年上の谷口博之もプロになっています。

背番号14の理由:柏では「クライフに憧れて」

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伊東は日本代表で、2019年のアジアカップや2022年・2026年のW杯で14番をつけてきました。クラブの背番号は、甲府で15、柏で14、ゲンクで7、ランスで39と7、2025年に戻ったヘンクでは10番です。

柏で14番を選んだのは、オランダの名選手ヨハン・クライフに憧れたからだと、柏レイソル公式のインタビュー記事で紹介されています。ゲンクに移ったときは14番が空いておらず、「昔から14と7が好き」と7番を選びました(日刊スポーツ、2019年2月7日)。

代表で14番を選び続けている理由について、本人がはっきり説明した記事は見つかりませんでした。「なぜ代表で10番をつけないの?」という声もありますが、クラブのヘンクでは10番をつけています。

よくある質問

Q1. 伊東純也の出身高校はどこですか?

A. 神奈川県立逗葉高校です。公立高校で、在学中の最高成績は県ベスト8でした。全国大会には出ていません。

Q2. 伊東純也の出身大学と学部は?

A. 神奈川大学の人間科学部で、2015年に卒業しています。3年で関東大学リーグ2部の得点王、4年でアシスト王になりました。

Q3. 伊東純也はセブンイレブンでバイトしていたのですか?

A. していません。2015年11月に甲府の新人研修で1日だけ店舗に立った写真が、2026年W杯のあとに誤解されて広まりました。本人も「1日だけ」と説明しています。

Q4. 伊東純也は今何歳ですか?出身はどこ?

A. 1993年3月9日生まれで、2026年10月時点で33歳です。神奈川県横須賀市の出身です。

Q5. 背番号14の理由は?

A. 柏ではクライフに憧れて14番を選んだと、クラブ公式の記事で紹介されています。本人は「昔から14と7が好き」と話しています。代表で14番を続ける理由の本人の説明は見つかっていません。

まとめ:伊東純也の高校・大学と経歴

  • 高校は神奈川県立逗葉高校。全国大会の出場はなく、最高は県ベスト8
  • 高3の桐光学園戦(1-6)で決めた1点が、大学のスカウトの目に留まった
  • 大学は神奈川大学人間科学部。1・2年は関東1部、3年で2部得点王、4年でアシスト王
  • 「セブンイレブンでバイト」は誤解で、甲府の新人研修で1日だけ
  • プロは22歳、代表は24歳。代表入りの年齢は珍しくないが、W杯初ゴールは日本選手最年長の33歳

伊東純也は、強豪校にもJリーグの下部組織にも入らず、「家から通える」学校で少しずつ力をつけてきた選手です。高校3年の1点、大学1年の試合と、目の前のチャンスを一つずつつかんで、33歳でW杯のゴールまでたどり着きました。

※この記事の情報は2026年10月6日時点のものです。