- 日本代表戦でスタンドから聞こえる応援、なんて言ってるの?
- 「バモ」「オーレ」ってどういう意味?曲の名前は?
- 応援歌はいつ、だれが始めたの?2026年のW杯ではどうだった?
サッカー日本代表の試合でスタンドから聞こえるのは、主に「バモ、ニッポン」という応援歌と、「ニッポン」のあとに手拍子を3回たたくコールです。「バモ」はスペイン語で「さあ行こう」という意味で、「さあ行こう、日本」と呼びかけています。この記事では、聞こえる言葉の意味、定番の応援歌の由来、応援の歴史、2026年W杯での様子までを、応援団体の代表者のインタビューや報道で確かめられた内容だけで紹介します。
日本代表の応援は「バモ、ニッポン」と「ニッポン」コールが中心
TBS NEWS DIG(2026年6月15日公開)。W杯オランダ戦の会場ダラスからの中継で、日本のサポーターの応援の様子を伝えています
日本代表の応援で使われる言葉は、実はとても少ないです。ほとんどが「ニッポン」に、短い掛け声を組み合わせたものです。テレビで聞こえる主な応援を、言葉と意味で整理すると次のようになります。
| 聞こえる言葉 | 意味 | 呼び名 |
|---|---|---|
| バモ、ニッポン | さあ行こう、日本 | バモ!ニッポン(VAMOS NIPPON) |
| ニッポン+手拍子3回 | 日本(と拍手) | ニッポン・チャチャチャ |
| ニッポン、オーレ | 日本、いいぞ | ニッポン・オーレ |
| 言葉ではなくメロディー | オペラの行進曲 | アイーダ |
| 選手の名前+手拍子 | その選手への声援 | 選手コール |
代表的なのが「バモ!ニッポン」で、試合中に何度もくり返し歌われます。2026年6月のW杯オランダ戦を伝えたTBSの中継では、日本のサポーターが試合開始から最後まで、太鼓に合わせて日本コールを続けたと紹介されています。
アイーダは、はっきりした歌詞で歌う曲ではありません。「オー」という声でメロディーを歌う形が知られていて、言葉が聞き取れずに「なんて言ってるの?」と感じやすい応援歌です。
「バモ」「オーレ」の意味と、定番の応援歌の由来
応援団体「ウルトラス・ニッポン」代表の植田朝日氏は、2026年6月のBARKSのインタビューで、自分たちは「ジャパン」ではなく「ニッポン」とコールすると話しています。ここでは、定番の応援歌の由来を、確かめられた範囲で紹介します。
バモ!ニッポン
植田氏によると、バモ!ニッポンは1995年ごろに生まれました。アルゼンチンで耳にした応援歌をヒントにしたもので、「頑張れ日本」より「バモ、ニッポン」のほうがかっこよかったからだそうです。テレビ朝日の「題名のない音楽会」の楽曲紹介では、原曲はカナダのバンド、メン・ウィズアウト・ハッツの「Pop Goes the World」(1987年発売)と紹介されています。
アイーダ
イタリアの作曲家ヴェルディのオペラ『アイーダ』の「凱旋行進曲」のメロディーです。もとはイタリアのクラブのサポーターが歌っていたもので、日本代表では1992年のキリンカップから使われています。植田氏は、2002年の日韓W杯でテレビ中継やCMに使われ、爆発的に広まったと振り返っています。
ニッポン・オーレ
植田氏によると、もとはアビスパ福岡のサポーターが歌っていた曲です。九州で開かれた代表戦で歌ったところ盛り上がり、そのまま日本代表の定番になりました。「オーレ」はスペイン語圏の、ほめたりはやしたりする掛け声です。
ジェリコ・エンターテイナーなど
「ジェリコ」は、2010年の南アフリカW杯で生まれた応援歌です。植田氏は、最初は広まらなかったものの、年月をかけてアウェーの定番になったと話しています。ラグタイムの名曲「ジ・エンターテイナー」も、日本代表やJリーグの応援で使われてきた曲として「題名のない音楽会」で紹介されています。
「ニッポン、チャチャチャ」と選手コールのやり方
一番かんたんなのが「ニッポン、チャチャチャ」です。「ニッポン」と声を出したあと、手拍子を3回たたきます。初めてスタジアムに行った人でも、周りに合わせればすぐに参加できます。
起源には諸説があります。bizSPA!(2019年)は、1960年代から代表を応援していた「日本サッカー狂会」の池原謙一郎氏が発案者だと伝えています。池原氏の墓には「発案」と刻まれた碑があるそうです。ただし、最初に使われた試合は資料によって違うため、この記事では時期を言い切りません。
「ニッポン」の部分を選手の名前に変えると、選手コールになります。2026年W杯の前夜祭イベントでは、サポーターが監督の名前を入れた「モリヤス、ニッポン」の声を上げたと時事通信が伝えています。
一緒に応援するならゴール裏へ
日本サッカー協会(JFA)の観戦ルールでは、座る場所によって応援のしかたが違います。2025年10月のブラジル戦のルールでは、太鼓などの鳴り物を使えるのはゴール裏のスタンドだけでした。メインスタンドとバックスタンドでは、鳴り物の持ち込みと、立ち上がっての観戦を控えるよう求めています。
立って歌いながら応援したい人はゴール裏、座って手拍子で参加したい人はメインやバックが向いています。人を傷つける目的の横断幕や、差別的な発言は、どの席でも禁止です。
応援歌の歴史とウルトラス・ニッポン
日本代表の応援歌の多くは、応援団体「ウルトラス・ニッポン」から広まりました。植田氏が代表の応援を始めた1985年ごろは、応援する人は20人ほどでした。チアホーンを鳴らして「ニッポン」と叫ぶ程度で、歌う応援はまだなかったそうです。
転機は、1992年に広島で開かれたアジアカップでした。日本が初優勝し、スタンドの大きな応援が注目を集めました。その後、応援歌のCDを作ることになり、グループ名が必要になって「ULTRA’ NIPPON」と名乗りました。植田氏は、名前は深く考えずに付けたものだったと振り返っています。
ウルトラス・ニッポンは会員制の組織ではありません。植田氏を中心に、気の合う仲間が集まったゆるやかなグループとされています。1990年代の予選では、よく知られた歌のメロディーに「W杯へ行こう」という思いを乗せた替え歌も歌われていました。
試合後のゴミ拾いも、この時代の応援がきっかけとされています。1997年から、スタンドを青くするために青いポリ袋を膨らませて振る応援が広まりました。1998年のフランスW杯では、その袋に紙吹雪を集めて帰る姿が「ゴミを片付けている」と評価されました。
2026年W杯でも「ニッポン」コールが響いた
日テレNEWS(2026年6月25日公開)。スウェーデン戦を前に、ダラスで開かれた日本代表の応援イベントに森保一監督がサプライズで登場した様子です
2026年の北中米W杯で、日本はグループFを2位で突破しました。初戦のオランダ戦(2-2)は、アメリカ・ダラスの会場に約7万人が集まりました。TBSの中継は、日本のサポーターがオランダのサポーターより多く、6対4かそれ以上だったと伝えています。
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上は日本サッカー協会(JFA)公式のInstagramで、2026年6月14日(現地)のオランダ戦が2-2の引き分けに終わったことを伝えた投稿です。
最終戦のスウェーデン戦(1-1)の前夜には、ダラスの公園で日本のサポーター向けのイベントが開かれました。時事通信によると、2,000人以上が集まって「ニッポン」コールをくり返しました。森保一監督もサプライズで登場し、サポーターに「心を一つに」と呼びかけました。
日本の応援は、海外の記者からも注目されました。THE ANSWERによると、アメリカのスポーツメディア「ジ・アスレチック」の記者は、日本のサポーターは試合中ずっと太鼓と歌で応援しながら、相手チームに向けたチャントは一つもなかったと伝えています。日本はラウンド32でブラジルに1-2で敗れ、大会を終えました。
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上は日本サッカー協会(JFA)公式のInstagramで、ラウンド32のブラジル戦の前日に、森保監督のコメントを伝えた投稿です。
フットボール戦士の集計では、日本語版Wikipedia「ウルトラス・ニッポン」の閲覧数は、2026年は9月23日までで27,728回でした。集計を始めた2015年以降で最も多く、2022年(27,447回)を上回っています。W杯期間中の1日平均は497回で、大会前90日(48回)の10.3倍でした。ピークは2026年6月25日の3,089回です。
「ウルトラス・ニッポン」が日本で調べられた量の推移(日本語版Wikipediaの閲覧数・1日平均を月ごとに集計。出典: Wikimedia Pageviews API/フットボール戦士が集計)
データで見る:9割の人は「なんて言ってる」で調べている
フットボール戦士の記事がGoogleの検索結果に表示された回数を、日本代表の応援に関する検索語ごとに集計しました。「サッカー日本代表 応援 なんて言ってる」などの検索が16,408回で、全体の92.2%を占めました。「応援歌」は1,019回、「チャント」は360回です。
上位1,000キーワードの中に、「バモ」「アイーダ」など曲の名前で調べた検索は1つもありませんでした。多くの人は曲の名前を知らないまま、聞こえた声の意味を知りたくて調べていることが分かります。この記事で、曲の名前より先に「聞こえる言葉」と意味を紹介しているのはそのためです。
よくある質問
A. スペイン語で「さあ行こう」という意味です。「バモ、ニッポン」で「さあ行こう、日本」と呼びかけています。植田朝日氏によると、1995年ごろに生まれた応援歌です。
A. 多くの場合はヴェルディのオペラ『アイーダ』の「凱旋行進曲」です。日本代表では1992年のキリンカップから使われ、2002年の日韓W杯で広く知られるようになりました。
A. 会員制の組織ではなく、植田朝日氏を中心にしたゆるやかなグループとされています。1992年を始まりの年とし、1993年ごろに応援CDを作ったときに今の名前を名乗りました。
A. 歌えます。定番の応援歌の言葉は「ニッポン」「バモ」「オーレ」が中心です。立って歌いたい人はゴール裏、座って手拍子で参加したい人はメインスタンドやバックスタンドが向いています。
A. はい。オランダ戦では太鼓に合わせた日本コールが試合の最後まで続いたとTBSが伝えています。スウェーデン戦の前夜祭でも「ニッポン」コールがくり返されました。
まとめ:日本代表の応援は「さあ行こう、日本」
- スタンドから聞こえるのは、主に「バモ、ニッポン」と「ニッポン」+手拍子3回
- 「バモ」はスペイン語で「さあ行こう」、「オーレ」は「いいぞ」という掛け声
- 「オー」と聞こえる曲は、オペラ『アイーダ』の凱旋行進曲
- 応援歌の多くはウルトラス・ニッポンから広まり、1992年のアジアカップが転機になった
- 2026年W杯でもダラスで日本コールが響き、「ウルトラス・ニッポン」の閲覧数は2015年以降で最多に
日本代表の応援は、言葉が少ないぶん、だれでもすぐに参加できるのが特徴です。植田氏は2026年のインタビューで「簡単だから強い」と語っています。スタジアムに行くときは、まず「ニッポン」と手拍子3回から合わせてみてください。
※この記事の情報は2026年9月25日時点のものです。出典:BARKS「植田朝日が語るチャント文化」(2026年6月5日)、テレビ朝日「題名のない音楽会」楽曲紹介(2010年6月6日放送回)、日本語版Wikipedia「ウルトラス・ニッポン」、JFA「観戦ルール/マナー」(キリンチャレンジカップ2025・10月14日)、時事通信(2026年6月25日)、TBS NEWS DIG(2026年6月15日)、THE ANSWER(2026年6月27日)、bizSPA!(2019年9月15日)
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