- 小川航基はなぜ海外ではなく町田ゼルビアを選んだの?
- いつから町田にいる?移籍金や年俸はいくらと報じられている?
- 町田での背番号や、代理人はだれなのかを知りたい
小川航基がNEC(オランダ)からFC町田ゼルビアを選んだ理由は、本人の言葉で言えば「一番W杯に近いのが町田だった」からです。2026年8月27日の入団会見で、「ワールドカップに出るため、活躍するために帰ってきた」と話しています。
この記事では、町田の公式発表と入団会見での本人の発言を軸に、移籍理由、加入の時期、報じられた移籍金と年俸、背番号、代理人までを出典つきで整理します。金額はどれもクラブが公表していない推定です。円換算は、ことわりがない限り1ユーロ=180円で計算しています。
小川航基はなぜ町田に?本人が語った移籍理由は「W杯に一番近い」
Jリーグ公式チャンネル「【FC町田ゼルビア電撃加入】2026W杯日本代表・小川航基 加入記者会見ダイジェスト」(2026年8月公開)。町田市内のクラブハウスで開かれた入団会見の様子です。
小川航基は2026年8月27日、町田市内のクラブハウスで入団会見を開きました。スポーツ報知によると、会場にはテレビカメラが10台も集まっています。
会見で繰り返したのは、2030年のW杯を見すえた選択だという点です。本人は「ワールドカップに出るため、活躍するために帰ってきた」と話し、いくつかあった選択肢の中で「一番W杯に近いのが町田だったというのが答え」だと説明しました(サッカーキング)。次のW杯が開かれる2030年に、小川は33歳になります。
Jリーグに戻ることは、日本代表をあきらめることではないかという見方もありました。これに対しても「何事も諦めたわけではない」と答え、「ここで20点、30点取ったら、可能性は全く分からない」と続けています(スポーツ報知)。
決め手は町田の「熱意」だった
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数あるクラブの中で町田に決めた一番の理由として、小川は「熱意を強く感じたこと」を挙げました(スポーツ報知)。町田の原靖フットボールダイレクターが、何回もオランダまで足を運んだそうです。
町田は黒田剛監督のもと、2026-27シーズンの目標に「J1優勝」を掲げています。加入発表のときの町田はJ1の首位でした。小川の加入コメントも「たくさんのゴールを決め、優勝に貢献できるように全力で戦います」「一緒に優勝しましょう」と、優勝を前面に出したものです。
本人は会見で「本当に今までにないぐらいたくさん考えた」とも話しています(フットボールチャンネル)。熱意だけで決めたのではなく、どこなら点を取れるかをよく考えたうえでの答えだったことがわかります。
なぜJリーグに帰ってきた?NECでの出番減と「点を取れる場所」
小川がNECに来たのは2023年7月です。横浜FCから期限付きで移り、1年目にリーグ戦31試合で11点を取って、2024年夏に完全移籍へ切り替わりました。このときの契約は2027年夏までの3年間です。
ただ、ゴール数は1年目が一番多く、2年目以降は7点、8点でした。スポーツ報知によると、2025-26シーズンの終盤は控えに回ることが増え、2026-27シーズンはチャンピオンズリーグの予選でベンチから外れています。オランダのメディアは、移籍の前に目のけがや体の不調があったとも伝えました。
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出番が減っても、W杯では結果を出した
クラブで出番が減る一方、日本代表では存在感を見せました。北中米W杯のメンバーに選ばれ、本大会は3試合に途中出場しています。オランダ戦では、小川のヘディングシュートが鎌田大地に当たってゴールに入りました。記録は鎌田のゴールですが、同点につながる1点でした(Number、スポーツ報知)。
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W杯が終わったあと、小川は次の移籍先を「どこならゴールを取れるか」で選びました。スポーツ報知によると、5大リーグについては「行けて、5大(リーグ)の下位(クラブ)だと思った」と話しています。そのうえで「求められているところ、自分が生きるところでサッカーをした方が点を取れる」と考えたそうです。
つまり、リーグの格よりも、自分がゴールを取れる環境を優先したということです。「どうやったら点が取れるのか、どこのクラブやリーグ、どういった状況にいたら僕が輝けるか僕自身が一番良く分かっている」という言葉にも、その考えが表れています(スポーツ報知)。
フットボール戦士が毎日記録している所属データでは、2026年9月28日時点で、現役の日本代表経験者214人のうち海外のクラブにいるのは72人です。オランダのクラブにいるのは4人でした。海外に出る選手が多い中で、W杯直後にJリーグへ戻る道を選んだのは珍しい例です。日刊スポーツも「W杯直後の欧州組復帰は初」と伝えています。
移籍の噂は?ミッティランや韓国のクラブも報じられた
町田に決まるまでには、ほかの行き先も報じられていました。中日スポーツはESPNの報道として、デンマーク1部のミッティランが「具体的な選択肢」になり、韓国のクラブも関心を寄せていたと伝えています。本人は当初、ドイツへの移籍を望んでいたともされています。
スポーツ報知も8月中旬の時点で、小川はヨーロッパでのプレー続行を望んでいたと報じました。どれも報道ベースの話で、本人が具体的なクラブ名を挙げて話したものではありません。最終的には、本人が会見で語ったとおり「W杯に一番近い」町田に決まりました。
小川航基はいつから町田ゼルビア?加入発表から初ゴールまで
小川航基が町田の選手になったのは、2026年8月24日です。この日、町田がNECからの完全移籍での加入を発表しました。約3年ぶりのJリーグ復帰です。8月27日に入団会見を開き、そのわずか2日後にはJ1の試合に出ています。
デビューは8月29日、J1第4節の水戸ホーリーホック戦(アウェー)でした。82分にテテ・イェンギと代わってピッチに入り、試合は1-1の引き分けです。水戸は、小川が2019年に期限付きで在籍した古巣でした。水戸のJ1昇格について「めちゃくちゃ嬉しかった」と話し、復帰戦が水戸戦になることに「縁を感じます」と語っています(サッカーキング)。
顔を2か所骨折したまま、フェイスガードでプレー
デビュー戦の小川は、黒いフェイスガードを着けていました。試合後に本人が明かした理由は「顔を2か所骨折していて」というものです。サッカーダイジェストによると、W杯のあと、約1か月前の練習試合で骨折しました。対人練習もまだできていない状態での出場だったそうです。
それでも、ホームでの初戦から結果を出しました。9月2日のJ1第5節、川崎フロンターレ戦です。先制を許した試合で後半15分から出場すると、後半30分に相馬勇紀の右コーナーキックを頭で合わせて同点にしました。後半36分には、中村帆高のクロスを右足で押し込んで逆転します。FOOTBALL ZONEによると、J1でのゴールは横浜FC時代の2023年5月13日以来、1,208日ぶりでした。
Jリーグ公式チャンネル「【千両役者】これが日本代表の実力! 小川航基が2得点で町田を逆転勝利に導く」(2026年9月公開)。川崎フロンターレ戦の2ゴールです。
町田はこの勝利で首位に立ち、小川は試合後に「得点王を取る」と宣言しました。9月20日の第8節・柏レイソル戦でも後半アディショナルタイムに1点を返し、今季3点目としています。ただ、試合は2-4で敗れました。
同じころ、9月と10月の日本代表のメンバーからは外れました。小川は「めちゃくちゃ悔しい」「結果で示すしかない」と話し、「まだ僕は5試合しかしていない」と前を向いています(ゲキサカ)。
小川航基の移籍金はいくら?町田へは「200万ユーロ弱」の報道
町田もNECも、移籍金の額は公表していません。報道で一番よく引かれるのは、オランダの大手メディア「Voetbal International(VI)」の数字です。VIは、NECが町田と「200万ユーロを少し下回る額」で合意したと伝えました。ゲキサカはこれを約3億7,000万円と紹介しています。
一方、移籍情報サイトのTransfermarkt(トランスファーマルクト)は、150万ユーロ(約2.7億円)と記載しています。どちらも公式の数字ではないので、150万〜200万ユーロ弱(約2.7億〜3.6億円)の幅で見ておくのが無難です。
日本代表のFWにしては安く見えるかもしれません。理由の1つは契約の残りです。NECとの契約は2027年夏までで、残りは1年でした。契約が短くなるほど、売る側は高い移籍金を求めにくくなります。ちなみにNECが横浜FCから完全移籍で獲ったときの額は、Transfermarktで60万ユーロ(約1.1億円)とされています。
代理人はドイツ在住の龍後昌弥氏
小川の代理人は、ドイツのケルンに住む龍後昌弥(りゅうご・まさや)氏です。代理人会社「スポーツ360」で、菅原由勢や瀬古歩夢ら複数の日本代表選手を担当しています(Number、2026年6月)。Transfermarktも、小川の代理人をSports360 GmbHとしています。
龍後氏はNumberで、W杯メンバー発表の前日に小川と食事をしたときの話を明かしました。小川は「今この場で10億円積まれてW杯への切符とどちらかを選べと言われたら、迷わずW杯を選びます」と話したそうです。W杯へのこだわりは、町田を選んだ理由とそのままつながっています。なお、町田との交渉に代理人がどう関わったかは報じられていません。
小川航基の年俸は?町田で推定4億円、NEC時代の7倍以上
町田での年俸は公表されていませんが、日刊スポーツ、中日スポーツ、日本経済新聞がそろって「4億円」前後と報じています。中日スポーツが紹介したESPNの報道では、「年間200万ユーロをはるかに超える」額です。スポーツ報知は、町田が「3億円超」を提示したと伝えました。
日刊スポーツと中日スポーツは、Jリーグの日本人選手で最高の年俸だとしています。海外でも、Goal.comが「日本国内で史上最高給の日本人選手になる」と伝えました。
年俸推移:NECの推定30万ユーロから大きく上がった
さかのぼると、NEC時代の年俸は推定30万ユーロでした。フットボールチャンネル(2025年10月)が、選手の給与を推定するCapologyのデータとして紹介した数字です。円では約5,400万円で、町田の推定4億円はその7倍以上になります。
ジュビロ磐田や横浜FCにいたころの年俸は、クラブの発表も大手メディアの報道も見当たりませんでした。年俸を推定するサイトには、横浜FC時代の2023年を3,700万円とする記載があります。ただ、根拠が示されていないので、この記事の図には入れていません。
町田での背番号は「9」、代表では19番のまま
町田での背番号は「9」です。クラブの発表と同時に決まり、ユニフォームの名前は「KOKI」です。9番はストライカーの番号で、クラブの選手名鑑に書かれた今季の目標も「得点王」でした。
小川にとって9番は初めてではありません。ジュビロ磐田では、期限付き移籍先の水戸から戻った2020年に、中山雅史が着けていた9番を任されました。プロ1年目から背負った18番は、横浜FCとNECでも続けています。
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一方、日本代表では19番を着けています。サッカー専門メディアのQolyによると、小川はW杯で9番を勧められたものの、断ったそうです。YouTube番組で「9でなんかよかったイメージもないんですよね」「代表入ってから、ずっと19でやってて、点も獲ってるし」と理由を話していました。その小川が、町田では9番を選んでいます。
データで見る:小川航基が加わった町田は、いまJ1で何位?
フットボール戦士が集計しているJリーグのデータでは、第8節を終えた2026年9月28日時点で、町田はJ1の4位(勝ち点17)です。首位の神戸とは勝ち点2差で、3位の広島、5位のFC東京とも同じ勝ち点17で並んでいます。
目を引くのは得点の多さです。町田の21得点はJ1で最も多く、そのうち3点を小川が決めています。スポーツ報知は小川の獲得が決まる前、町田は守備の堅さが持ち味な一方で、得点力に課題があると分析していました。今季はここまで、点の取れるチームになっています。
同じ集計では、町田は初めてのJ1だった2024年にいきなり3位に入り、2024〜2025年の2シーズンで76試合36勝18分22敗でした。まだJ1優勝はありません。
チームには、小川のほかにも日本代表経験者がそろっています。フットボール戦士の所属記録では、相馬勇紀、昌子源、望月ヘンリー海輝、西村拓真、谷晃生が町田の選手です(2026-27シーズンの選手一覧はクラブ公式で確認)。代表経験のあるFWが、優勝を狙うチームの最前線に加わった形です。
よくある質問
A. 本人は「ワールドカップに出るため、活躍するために帰ってきた」と話し、選択肢の中で「一番W杯に近いのが町田だった」と説明しています。町田の原靖フットボールダイレクターが何度もオランダを訪れた熱意も、決め手に挙げました。
A. 2026年8月24日に完全移籍での加入が発表されました。8月29日の水戸戦でデビューし、9月2日の川崎フロンターレ戦で町田での初ゴールを含む2点を取っています。
A. 公表されていません。オランダのVIは200万ユーロ弱(ゲキサカの換算で約3億7,000万円)と報じ、Transfermarktは150万ユーロとしています。
A. 推定4億円と報じられています(日刊スポーツ、中日スポーツ、日本経済新聞)。スポーツ報知は「3億円超」としています。NEC時代の推定30万ユーロ(約5,400万円)から大きく上がりました。
A. ドイツ在住の龍後昌弥氏です。代理人会社「スポーツ360」で、菅原由勢や瀬古歩夢らも担当しています。
まとめ:小川航基が町田を選んだのは「W杯に一番近い」から
- 移籍理由は本人いわく「一番W杯に近いのが町田だった」。決め手は町田の熱意
- NECでは出番が減り、W杯後に「点を取れる場所」としてJリーグ復帰を選んだ
- 2026年8月24日に加入発表、8月29日デビュー、9月2日の川崎F戦で2ゴール
- 移籍金は150万〜200万ユーロ弱、年俸は推定4億円(どちらも非公表・報道の数字)
- 背番号は9。代理人はドイツ在住の龍後昌弥氏
小川航基の町田移籍は、年俸の大きさで話題になりました。ただ、本人の言葉をたどると、軸にあるのは2030年のW杯に出ることです。顔の骨折を抱えたまま始まった町田での挑戦が、代表への返り咲きにつながるかどうか。まずは本人が宣言した得点王争いが、その答えを示すことになりそうです。
※この記事の情報は2026年9月29日時点のものです。移籍金・年俸はクラブの公式発表がなく、各メディアの報道と推定サイトの数字にもとづく推定です。円換算は、ことわりがない限り1ユーロ=180円で計算しています。
フットボール戦士 
