ハイプレスとは、相手チームが自陣でボールを保持した瞬間から、前線の選手が積極的にプレスをかけ、高い位置(相手陣内またはハーフライン付近)でボールを奪うことを狙った守備戦術です。小学生からプロまで幅広いカテゴリーで取り入れられており、現代サッカーにおける基本戦術の一つとして確立されています。
重要なのは、ハイプレスが「前線だけの仕事」ではないという点です。前線が相手ディフェンスラインにプレスをかけると同時に、2列目・3列目・そしてディフェンスラインも全体が押し上げ、チームとしてコンパクトな陣形を保ちながら相手陣内で守備を行います。この「全体の連動」こそがハイプレスの本質であり、同時に体力的な負荷が大きくなる根本的な理由でもあります。
ハイプレスとゲーゲンプレスの違い
ハイプレスに関連する戦術として「ゲーゲンプレス(カウンタープレス)」という概念があります。これはボールを奪われた直後の「ネガティブトランジション」の瞬間に即座に仕掛けるハイプレスのことを指します。一部のチームでは「ボールを奪われた場合には5秒間は全力でプレスをかけて奪い返す」という、いわゆる「5秒ルール」を導入しており、守備から攻撃への切り替えを素早く行うための概念として定着しています。ハイプレスが「高い位置でのプレス全般」を指すのに対し、ゲーゲンプレスは「ロスト直後の即時奪回」に特化した概念と理解すると整理しやすいでしょう。

「ハイプレスはなぜ疲れるのか」という問いに対して、まず身体的・生理学的な視点から整理してみましょう。その答えは、ハイプレスが選手に要求する運動強度の高さにあります。
チーム全員に課されるハードワーク
通常の守備戦術であれば、ある程度自陣に引いてからプレッシャーをかけるため、守備時の移動距離は比較的限られます。しかしハイプレスでは、通常のチームがプレッシャーをかけないような相手陣内の位置にまで全力でプレスをかけに行く必要があります。しかも1人で追い回すだけでなく、チーム全体が連動してプレスをかける必要があるため、フィールドプレーヤー全員にハードワークが求められ、スタミナの消耗が非常に激しくなります。
スプリント回数と走行距離のデータ
科学的なデータからもその負荷の大きさが裏付けられています。エリートサッカー選手では、1試合中に10km以上を走破し、なおかつ30〜40本ものスプリントを行うとされています(Iaia et al., 2009)。多い選手では1試合で40回ほどのスプリントをこなすことになります。ハイプレスを採用するチームでは、この数字がさらに上振れすることも珍しくありません。持久的な有酸素能力と短距離選手のようなスプリント能力の両立が求められるのが、ハイプレスを実践する選手に課せられた宿命と言えます。
ボールを奪えなくてもプレスを続けなければならない
ハイプレスが特に消耗する理由の一つが、「奪えなくても追い続けなければならない」という点です。前線からボールを奪いにいき、抜かれそうになってもついていかなければならない場面が何度も繰り返されます。プレスをかけても相手にかわされてしまえば、その分の運動エネルギーはロスとなりますが、そこで追跡を止めるわけにはいきません。この「報われないスプリント」が積み重なることで、選手の体力は急速に消耗していきます。
暑さがハイプレスをさらに過酷にする
気候条件もハイプレスの疲労に大きく影響します。特に日本の夏場の暑さは厳しく、全体の走行量にも影響を及ぼしています。実際のデータとしても、夏場のハイプレス試行回数は全体的に低下し、試行率も微減する傾向が確認されています。これは選手が意図的にプレス強度を落とさざるを得ない状況に追い込まれることを示しており、気温・湿度管理がハイプレス戦術の継続性に直結することを示しています。

身体的な負荷に加え、ハイプレスには戦術的な構造に起因する疲労の蓄積メカニズムがあります。これを理解することで、なぜ特定の時間帯や試合状況でハイプレスが機能しなくなるかが見えてきます。
ハイラインとの併用による全体の移動量増加
ハイプレスは単独では機能しにくく、ディフェンスラインを高く保つ「ハイライン」と併用されるのが一般的です。チームがコンパクトな陣形を保つためにラインを高く設定することで、守備時における全選手の移動距離が増加します。攻守の切り替えごとにディフェンスラインが前後に大きく動くため、特にセンターバックやボランチへの疲労負荷が増大しやすい構造となっています。
プレスの連鎖が生む連続的な高強度運動
ハイプレスは「1人がプレスをかけたら全員が動く」という連鎖的な動きで成立します。そのため、1回のプレスが外れると全選手が再び素早くポジションを修正し、次のプレスに備えなければなりません。この「プレス→外れる→リセット→再プレス」という繰り返しは、インターバルが非常に短い高強度運動の連続であり、乳酸の蓄積やエネルギー基質の枯渇を促進します。
中盤が手薄になるリスクと認知的負荷
ハイプレスでは前線からどんどんプレスをかけていくため、中盤より後ろが手薄になるリスクが常に存在します。相手ディフェンスラインから前線へロングボールを出されると、プレスの効果がなくなり、ディフェンスが薄くなったエリアでプレーが行われるため、ピンチになりやすい状況が生まれます。選手はこのリスクを常に意識しながらプレーしなければならないため、身体的な疲労だけでなく認知的・精神的な疲労も蓄積しやすくなります。
また、ゲーゲンプレスを実行するには高レベルの体力・走力・集中力が不可欠です。「いつプレスしないかの判断」や「カウンターのカウンターを受けた場合のスクランブル対応」など、瞬時の判断を繰り返す必要があり、これが脳への負荷となって全体的な疲弊感につながります。

ハイプレスを採用するチームで共通して見られる現象が「後半にプレス強度が落ちる」という問題です。これはなぜ起きるのでしょうか。
疲労による悪循環:ミスが守備負担を増やす
ハイプレスによる疲労が蓄積すると、攻撃局面にも悪影響が出始めます。守備で消耗した状態で早いプレスに対応できず、すぐにボールを失ってしまう。するとまた守備で走らなければならない。守備で疲れてプレーが雑になり、パスミスやトラップミスが増える。この悪循環が後半になるにつれて顕在化し、チーム全体のパフォーマンスが低下していくのです。
ハイプレスは試合全体を通じた継続が難しい
基本的に、ハイプレスを試合を通して維持し続けることは非常に難しい戦術です。そのため多くのチームでは、試合の立ち上がり・試合終盤の得点が必要な場面・試合の流れを変えたいポイントなど、特定の時間帯や局面でハイプレスを集中的に使うという使い方が現実的な運用となっています。すべての守備時間においてハイプレスを継続することは、事実上不可能に近いと言えるでしょう。
J1リーグのデータが示すハイプレスのリスク
J1リーグ2023年シーズンのデータでは、ハイプレス試行率1位は横浜FM、2位が鳥栖でした。しかしこの2チームは、被シュート率も高くなっており、ハイプレスで奪えなかった後の守備に課題を抱えていることが数字に表れています。これはハイプレスが機能しなかった場面での守備リスクを如実に示しており、プレス強度が落ちた後半帯に失点が集中しやすいという傾向とも一致します。
やみくもなプレスは疲労だけを生む
ハイプレスが効果的に機能するためには、闇雲にボールを奪いにいくのではなく、相手のパスコースを切りながらプレスに行き、相手がパスの出しどころに困った時に距離を詰めて選択肢を減らすという戦術的知性が必要です。相手の選択肢が1つに絞られた時に、他の選手と協力してボールを奪う。この連携が崩れると、無駄なプレスだけが積み重なり、疲労のみが蓄積される非効率な状態に陥ります。逆に、ハイプレスがうまくハマってボール保持の時間が長くなれば、結果的に体力的な消耗が少なくなることもあります。

ハイプレスが疲れる理由を理解した上で、次に重要なのはその疲労をいかに軽減し、高いプレス強度を長く維持するかという問題です。
有酸素能力とスプリント能力の両立トレーニング
前述の通り、ハイプレスを実践する選手には持久的な有酸素能力と短距離スプリント能力の両方が求められます。この二つを同時に高めるために効果的なのが、高強度インターバルトレーニング(HIIT)や小スペースゲーム(SSG:スモールサイドゲーム)です。短い時間の高強度運動と不完全回復を繰り返すことで、試合中のハイプレス局面に近い生理学的な負荷を再現することができます。
戦術的なプレストリガーの共有
チーム全員が「どのタイミングでプレスをかけるか」を共有することは、無駄な運動量を削減する上で非常に重要です。プレスをかける合図(トリガー)を明確に定義し、全員が同じタイミングで連動することで、1人が孤立してプレスをかけ続けるという無駄を省くことができます。この戦術理解の精度を高めることが、チーム全体の消耗を抑えることに直結します。
コンディショニングと試合内のプレス強度管理
試合の中でハイプレスを「どこで使うか」を戦術的に設計することも、疲労管理の観点から重要です。試合開始直後の相手の出方を伺う局面、得点が必要な終盤など、効果が最大化できる場面にプレス強度を集中させ、それ以外の場面では守備ラインを少し下げてプレスの強度を意図的に落とすというメリハリが求められます。また、暑熱環境下では特にクールダウンや水分補給の戦略的な活用が、ハイプレス継続のための重要なコンディショニング要素となります。
回復力を高める食事・睡眠管理
ハイプレス戦術を継続的に実践するためには、試合外のコンディション管理も欠かせません。高強度運動後のグリコーゲン回復を促すための糖質補給、筋肉の修復を助けるタンパク質の摂取タイミング、そして睡眠の質の確保が、翌試合・翌練習への疲労の持ち越しを防ぐ基本となります。シーズンを通じてハイプレスを武器とするチームほど、選手個人のコンディション管理の徹底が戦術の安定に直結します。

ハイプレスがなぜ疲れるのかをまとめると、「チーム全体が高い強度で連動して動き続けなければならない」という構造的な理由に集約されます。奪えなくてもプレスを継続しなければならない状況、暑さや試合展開による消耗、疲労が引き起こすミスの連鎖、そして中盤が手薄になるリスクへの対応。これらが複合的に重なることで、ハイプレスは他の守備戦術と比べて格段に体力を要求します。
だからこそ、ハイプレスを効果的に使うためには「いつ、どこで、どのようにプレスをかけるか」という戦術的知性と、それを支える身体的なベースの両方が不可欠です。指導者にとっては選手の疲労管理と戦術教育の両立が、選手にとっては自分の体力の限界を知りながら最大限の強度を発揮するための自己管理が問われる。それがハイプレスという戦術の奥深さであり、現代サッカーが選手と指導者に突き付ける高いハードルでもあります。
フットボール戦士 
