名古屋グランパスのJ2降格は2016年の1回だけ!降格から復活の軌跡

こんな疑問を持つ方へ

  • 「名古屋グランパスは今まで何回J2に降格したことがある?」
  • 「2016年にグランパスが降格した本当の原因は何だったの?」
  • 「J2に落ちてから1年でJ1に戻れた理由は?」
  • 「2025年シーズンも降格しそうだったって本当?結果は?」
  • 「また降格することはある?グランパスの今後が心配」

名古屋グランパスと「降格」——この2つの言葉が結びついたとき、多くのサッカーファンが思い浮かべるのは2016年11月3日の光景でしょう。Jリーグ創設から24年、ただの一度もJ2に落ちたことがなかったオリジナル10のひとつが、満員のパロマ瑞穂スタジアムで静まり返る中、ついに歴史的な降格を経験した日のことを。この記事では、名古屋グランパスの降格の全歴史・2016年の真因・J2での戦い・J1復帰の道・そして近年の残留争いの実態まで、データと証言をもとに深く掘り下げます。


名古屋グランパスの降格回数——J2に落ちたのは1回だけ

まず最大の疑問に答えます。名古屋グランパスのJ2降格は、クラブ史上2016年の1回のみです。Jリーグが1993年に創設されてから2部制が導入された1999年以降、グランパスは長い間J1にとどまり続けてきた「不降格クラブ」でした。

名古屋グランパス 年代別リーグ成績(主要シーズン)

年度 所属 順位 主な出来事
2010 J1 1位(優勝) ストイコビッチ監督体制でJ1初優勝。クラブ最大の栄光
2013 J1 7位 ポスト・ストイコビッチ体制で迷走開始。「クラブへの愛着度」が最下位との調査結果も
2015 J1 9位 西野朗監督体制。辛うじて中位でシーズン終了
2016 J1 16位(降格) クラブ史上初のJ2降格決定(11/3)。18連続未勝利のクラブワースト記録
2017 J2 3位(昇格PO) 風間八宏監督が就任。昇格プレーオフ決勝で引き分け・規定によりJ1昇格
2018 J1 15位 J1復帰初年度。低迷するも辛うじて残留
2020 J1 3位 フィッカデンティ監督体制で復調。堅守速攻で躍進
2023 J1 6位 長谷川健太監督体制で安定。ルヴァンカップ初優勝
2025 J1 16位(残留) 残留争い直撃。降格3チームの一角に入りかけた苦しいシーズン

※Football LAB・各年度Wikipedia・ガンバ大阪公式情報等をもとに作成

重要な点として、名古屋グランパスのJ2降格は歴史上ただの1回だけです。しかも2025年シーズンも16位でフィニッシュしており、「降格圏スレスレの残留」が近年続いているのが実情です。


2016年——「末代までの恥」Jリーグ創設から24年目の衝撃

2016年11月3日、パロマ瑞穂スタジアム。その日のスタジアムには同スタジアムのシーズン最多動員数となる18,474人が詰めかけていました。しかし試合終了のホイッスルが鳴った後、その満員のスタジアムは「異様な静けさ」に包まれたと報じられています。

名古屋グランパスは、すでに降格が決まっていた湘南ベルマーレに1-3で敗れ、J1最終節を待たずに降格が確定。1992年のリーグ発足以来、一度もJ2に落ちたことがなかったオリジナル10の一角が、初めてその歴史に降格の2文字を刻んだ日でした。

2016年11月4日——久米一正社長のコメント

「名古屋を落としたことは末代までの恥」

引責辞任を表明した久米一正社長が残したこの言葉は、当時のグランパスがどれほどの衝撃を受けていたかを物語っています。トヨタ自動車の子会社となり、さらなるビッグクラブ化を推し進めようとしていたタイミングでの降格は、クラブにとって最悪のシナリオでした。


なぜ降格したのか——3つの根本原因

2016年の降格劇には、複合的な要因が重なっていました。表面的には「試合での不振」ですが、その背景にはクラブ運営上の構造的な問題がありました。

2016年降格の3大原因

原因 詳細
①小倉隆史GM兼監督体制の失敗 コーチ経験すらない「監督1年生」の小倉隆史氏をGM兼監督に任命。理論体系は確立していたが、それを選手に浸透させ戦術として成立させる手法が未熟だった。ファーストステージ11節〜セカンドステージ9節まで1勝もできない18連続未勝利(クラブワースト記録)を喫し、8月23日に事実上の解任
②フロントの迷走と内部対立 トヨタ自動車の子会社化に伴う組織再編でフロント内に派閥が生まれ、久米社長の求心力が低下。強化部長との摩擦で優秀なスカウトが退団するなど、補強体制が弱体化した。田中マルクス闘莉王の途中退団が象徴的
③ストイコビッチ体制の負の遺産 2010年J1優勝の立役者・ストイコビッチ前監督時代の「若手の練度不足」という遺産が解消されていなかった。2013年以降は成績が低迷し、チームとしての芯がない状態が続いていた

特に注目すべきは18連続未勝利という記録です。開幕から約2か月はまずまずの内容でしたが、対策を講じられると対応できなくなる指揮官の限界が露呈。補強で加入したハ・デソン、扇原貴宏がすぐに負傷離脱するという不運も重なり、チームは底なし沼にはまっていきました。

田中マルクス闘莉王の言葉が映し出したもの

2016年シーズン途中に窮地のグランパスへ復帰した田中マルクス闘莉王は、シーズン終了後こんな言葉を残しています。「今のグランパスを仕切っている人たちが何を考えているのかと思いながら、この何日かを過ごしてきた。どこに向かって走っているのか、本当に誰もが分からないまま、この状況が続いている」——選手目線から見ても、チームの方向性がまったく見えていなかったことが伝わります。


2017年J2——「ふたを開けてみたら来場者が増えた」驚異の1年

降格後の2017年、グランパスは1年でのJ1復帰を目標に掲げました。監督に就任したのは攻撃的サッカーで知られる風間八宏氏。大規模な選手の入れ替えを行い、主力だったMF小川佳純、FW永井謙佑らが退団する一方、18名もの新戦力が加入しました。

J2での名古屋は序盤から首位争いに絡みましたが、シーズン途中に失速し最終的に3位でフィニッシュ。自動昇格(2位以内)は逃したものの、昇格プレーオフに進出します。準決勝でジェフユナイテッド千葉に4-2で勝利し、決勝のアビスパ福岡戦は0-0の引き分け——この結果、プレーオフの規定(引き分けの場合は上位順位クラブが昇格)により、みごとJ1昇格を果たしました。

2017年J2シーズン——グランパスの戦績概要

監督 風間八宏(攻撃的なポゼッションサッカーを志向)
最終順位 3位(自動昇格は逃すも昇格プレーオフ進出)
プレーオフ結果 準決勝:ジェフ千葉に4-2勝利。決勝:アビスパ福岡と0-0引き分け→規定によりJ1昇格
得失点の特徴 65失点はJ1昇格成功クラブとして当時のダントツのワースト記録(2位は55失点)。攻撃力はあるが守備の脆さが際立つシーズン
特筆すべき現象 通常「J2降格で観客が1〜3割減る」にもかかわらず、この年のグランパスは来場者数が前年比で2万人以上増加。Jリーグ史上初の「降格後に観客増」という異例の記録

観客数が増えた背景には、降格が決まった2016年から始まったファンとクラブの対話があります。「グランパスがJ2に落ちないために何ができるか」を真剣にファンと話し合い、アウェイ観戦ツアーをクラブ社員と一緒に回るなど、共同体としてのクラブ文化を再構築した結果でした。降格という危機が、逆にクラブとファンの絆を深める契機になったのです。


J1復帰後の軌跡——2018〜2025年の浮き沈み

2018年のJ1復帰初年度は15位と低迷し、辛うじて残留しました。風間体制は攻撃面での自由度を高める一方、守備が整備されず失点が多い課題が続きます。2019年9月に風間監督を解任してマッシモ・フィッカデンティ監督が就任すると、堅守速攻を軸に立て直しを図り、2020年はJ1で3位という好成績を達成。着実に強化が進みました。

J1復帰後の監督と成績の変遷

年度 順位 監督 概評
2018 15位 風間八宏 復帰初年度も失点多数。辛うじて残留
2019 13位 風間→フィッカデンティ(途中交代) 9月に風間監督解任。フィッカデンティ体制でやや改善
2020 3位 フィッカデンティ 堅守速攻が機能。J1で3位という大躍進
2021 5位 フィッカデンティ 2年連続上位フィニッシュ
2022 8位 長谷川健太 新体制で中位に落ち着く
2023 6位 長谷川健太 ルヴァンカップ初優勝。クラブ4つ目のタイトル
2024 11位 長谷川健太 中位に落ち着く。降格危機はなし
2025 16位 長谷川健太(4年目) 残留争い直撃。シーズン終盤まで降格の危機が続いたが16位で残留

※Football LAB・各年度Wikipediaをもとに作成


2025年——9年ぶりの本物の降格危機

2025年シーズンは、グランパスが本物の降格危機に直面したシーズンとなりました。シーズン序盤から低迷し、第27節終了時点で16位。下位8チームが勝ち点12ポイント以内にひしめき合う大混戦の残留争いに完全に巻き込まれていました。

2025年J1リーグ・第35節終了時点の下位状況

順位 クラブ 勝ち点 結果
15位 ファジアーノ岡山 41 残留
16位 名古屋グランパス 40 残留(最終16位)
17位 横浜F・マリノス 37 残留
18位 横浜FC 32 J2降格(第36節で確定)

※第35節終了時点。最終的に湘南・新潟・横浜FCが降格。名古屋は16位でJ1残留

第35節終了時点でグランパスの勝ち点40に対し、18位横浜FCの勝ち点は32。差は8ありましたが、残り3試合でグランパスが3連敗し横浜FCが連勝すれば逆転という「理論上あり得るシナリオ」が消えたわけではありませんでした。最終的には横浜FCが第36節で降格確定となり、名古屋は16位で2025年シーズンを終えています。


Xの声——サポーターが語る降格と残留争いのリアル

X(旧Twitter)のグランパスサポーターたちの声を見ると、降格や残留争いをめぐる感情の複雑さが浮かび上がります。テーマ別に整理しました。

X上のグランパスサポーターの声(テーマ別)

「2016年降格」を今でも語る声

「2016年の降格は今でも思い出すだけで胸が痛い。パロマでの最終節、あの静けさは一生忘れられない」「あの年の18連続未勝利は本当に辛かった。毎週試合に行くのが怖かった」という声が今も多く見られる。特にオリジナル10として誇りを持っていたサポーターほど、降格のショックが大きかった様子

「2017年J2昇格プレーオフ」への熱狂

「あのプレーオフ決勝の0-0引き分け昇格は劇的すぎた。ハラハラしすぎてテレビの前で立ちっぱなしだった」「風間さんのサッカーは賛否あったけど、J2から1年で帰ってこれたのは事実。感謝しかない」

「2025年残留争い」へのリアルタイムの声

「毎節ハラハラが止まらん。2016年がフラッシュバックする」「長谷川監督4年目でこの成績は結果を出せないなら決断も必要では」「ただ残留争いで勝ち点を刻んでいくのが今の精一杯。J1にいることの大切さを実感する」

「また降格するのでは」という不安の声

「2016年を経験した身としては16位フィニッシュは全然安心できない。あの年も前半はまずまずの成績だった」「グランパスファミリーの一体感が今のクラブの支えだと思う。選手もサポーターも同じ方向を向いていければ降格はない」

※X上のサポーターの声を参考に、代表的な意見をテーマ別にまとめたものです


Q&A——「名古屋グランパス 降格」についてよくある疑問

Q1. 名古屋グランパスは何回J2に降格したことがある?

A. 歴史上1回だけです。2016年シーズンに初めてJ2に降格しました。J1・J2の2部制が始まった1999年から2015年まで17年間J1に在籍し続け、2016年に初降格という歴史があります。翌2017年にはJ2で3位・昇格プレーオフ制覇でJ1に復帰しています。

Q2. 2016年に降格した一番の原因は何?

A. 最大の要因は小倉隆史GM兼監督体制の失敗です。指導者経験ゼロで就任した小倉氏は、理論はあっても選手への浸透が不足し、18連続未勝利(クラブワースト記録)を記録。加えて、トヨタ自動車の子会社化に伴うフロント内の権力構造の変化や、田中マルクス闘莉王ら主力の流出もチームの崩壊を加速させました。

Q3. J2のシーズン(2017年)の成績は?

A. 風間八宏監督のもとでJ2に臨み、最終的に3位でシーズンを終えました。自動昇格(2位以内)は逃したものの、昇格プレーオフで準決勝を4-2で勝利、決勝でアビスパ福岡と0-0の引き分け——規定によりJ1昇格を果たしました。なお65失点という多失点ながら昇格したのはJ2制度改定以降のワースト記録でした。

Q4. 2025年、名古屋グランパスは降格したの?

A. 降格していません。2025年シーズンは16位でフィニッシュし、J1残留しています。降格したのは湘南ベルマーレ、アルビレックス新潟、横浜FCの3クラブです。ただし名古屋は終盤まで降格圏と隣り合わせの状態が続いた苦しいシーズンでした。

Q5. グランパスが今後また降格するリスクはある?

A. 2025年シーズンの16位フィニッシュを見る限り、再降格のリスクはゼロとは言えません。2020〜2021年の3位・5位という好成績から2024年11位、2025年16位という下降トレンドは注意が必要です。長谷川健太監督の4年間で成績が右肩下がりになっている現実を踏まえると、2026年シーズンに向けた戦力補強・監督の評価が再降格を防ぐ上での鍵となります。


まとめ——名古屋グランパス降格の全史を一覧で確認

この記事のポイントまとめ

J2降格回数 史上1回のみ(2016年)
初降格が決まった試合 2016年11月3日・湘南ベルマーレ戦(1-3敗北)。Jリーグ参加から24年目
2016年降格の主因 小倉隆史GM兼監督体制の失敗(経験不足)。18連続未勝利(クラブワースト)。フロント内部の混乱
J2での成績(2017年) 3位・昇格プレーオフ制覇でJ1復帰(風間八宏監督)
J2降格後の来場者数 Jリーグ史上初の「降格後に来場者増」。クラブとファンの絆が深まった
復帰後の最高成績 2020年J1・3位(フィッカデンティ監督体制)
2025年の成績 J1・16位で残留。残留争いに巻き込まれる苦しいシーズン
クラブのタイトル 天皇杯2回(1995年度・1999年度)・J1優勝1回(2010年)・ルヴァンカップ1回(2023年)

名古屋グランパスと降格の歴史は、たった1回のJ2経験でありながら、クラブの歴史に深い傷跡を残した出来事でした。久米社長が「末代までの恥」と表現した2016年の衝撃、それを乗り越えた2017年の1年でのJ1復帰、そして2025年の「危うく2度目の降格」に迫った苦しいシーズン。強さと脆さを同時に持つグランパスが、再び真の強豪として名を刻むには、組織としての安定と戦力の持続的な強化が求められています。最新の成績や移籍情報は名古屋グランパス公式サイトでご確認ください。